三原城跡の堀の横。隆景広場の隅に、その慰霊碑はある。

原爆死没者慰霊碑である。
昭和20年8月6日に、広島に投下された原子爆弾は、一瞬にして広島の街を焼き尽くした。そして、救援に駆け付けた方は放射線による二次被曝を受け、今でも苦しんでいる方が多いと聞く。
もちろん、この三原にも、被爆者の方がいらっしゃる。
小学校のころから、近い存在から「被爆体験」を聞いてきた私としては、ある意味、万感の思いである。
どうして、広島に、そのような爆弾が落とされなければならなかったのか?
素朴な疑問を生じた。
まずは、「日本を早く負かせるためなんだよ」と教えられた。そうかもしれないと思った。
そして、まだ若かったころ、ネットなんてない、本しか情報源のなかったころ、私は一つの説を読んだ。それは、広島・長崎への原爆投下は「冷戦前の東側諸国へのけん制」であった、と。
どうやら、さまざま事情で、原爆は落されたようだ。
あちらさんからすれば、それによって利益が得られたわけだから、効果はあったのだろう。こちらからすれば、そうでなくても敗戦必至だったのに、泣きっ面に蜂である。
私は今は知っている。国際社会というものが、きれい事では済まない事を。
国際協調という言葉が、どれだけ軽いかということも。
日米同盟という言葉が、対等の同盟ではないことも。
非常に喜ばしいことに、広島・長崎の原爆投下の後、核兵器は使用されていない。
しかしながら、通常兵器による被害にあっている一般住民は多数に上る。
また、「カラシニコフ」と呼ばれる「世界で一番人を殺した兵器」をいうものがあることも知っている。
日本は、海に囲まれ、比較的同質性の高い人たちで構成されている国である。
海の周りには、島があり、その島には外国の勢力が進出してい場合もある。
しかし、それを日本に取り戻すためには、日本には「外交交渉」しか道はない。
まさか、憲法9条を拡大解釈、または改正して、武力による日本領土の奪取ともなると、国際的な批判よりも、国内的な混乱が起きるという、とても不思議な国である。
広島にある、原爆慰霊碑には「二度とあやまちはくりかえしません」と書いてある。
以前書いたことがあるが、この「あやまち」とはなにか。
「原爆投下」と考えるのが普通だろうか。
もしくは「戦争」を行なったこと、だろうか。
どちらにせよ、平和ボケした日本で、国防のことなど真剣に考えている人は少なく、そして、それに対しての行動を起こす人も少ない。
軍事マニアは多いが、「戦争」とは政治の一手段であることから、どちらかといえば、政治に詳しい人のほうが、コメント的には適切に思える。
ひとつ、予言をしておこう。
50年以内に、台湾は中国領となる。
もしかすると、朝鮮半島も、中国領となる?
日本はアメリカの核の傘が、いつまでもかかっていると思ってはいけない。
所詮、人の傘。嫌いになれば、はずされる傘である。
そして、日本人は、核は持たないだろう。
少なくとも、核兵器を持つような政府を、私は信じない。
心情的な面と、合理的な面から、私は許さない。
今年も、8月6日はやってくる。
もういちど、日露戦争が終わった後から敗戦までの政治の流れ、国民の考え、世界の流れを整理し、「先の不幸な戦争」と呼ばれるもの、過去のものにするべきである。
未来志向の外交(平和外交ではない)は、いつ、日本に生まれるのだろう?
それより、日本は、このさき、大丈夫なのだろうか。
そして、三原も、娘が大きくなるころには、どのような街になっているのだろう。
少なくとも、私が小学校1年生のころのみはらとは、今の三原はずいぶん変わってしまった。
もっと歳の人だと、もっと変わってしまったと言うだろう。
小早川隆景公なら、どんなことを言うだろう。
おもわず、空想してしまった。
原爆死没者慰霊碑である。
昭和20年8月6日に、広島に投下された原子爆弾は、一瞬にして広島の街を焼き尽くした。そして、救援に駆け付けた方は放射線による二次被曝を受け、今でも苦しんでいる方が多いと聞く。
もちろん、この三原にも、被爆者の方がいらっしゃる。
小学校のころから、近い存在から「被爆体験」を聞いてきた私としては、ある意味、万感の思いである。
どうして、広島に、そのような爆弾が落とされなければならなかったのか?
素朴な疑問を生じた。
まずは、「日本を早く負かせるためなんだよ」と教えられた。そうかもしれないと思った。
そして、まだ若かったころ、ネットなんてない、本しか情報源のなかったころ、私は一つの説を読んだ。それは、広島・長崎への原爆投下は「冷戦前の東側諸国へのけん制」であった、と。
どうやら、さまざま事情で、原爆は落されたようだ。
あちらさんからすれば、それによって利益が得られたわけだから、効果はあったのだろう。こちらからすれば、そうでなくても敗戦必至だったのに、泣きっ面に蜂である。
私は今は知っている。国際社会というものが、きれい事では済まない事を。
国際協調という言葉が、どれだけ軽いかということも。
日米同盟という言葉が、対等の同盟ではないことも。
非常に喜ばしいことに、広島・長崎の原爆投下の後、核兵器は使用されていない。
しかしながら、通常兵器による被害にあっている一般住民は多数に上る。
また、「カラシニコフ」と呼ばれる「世界で一番人を殺した兵器」をいうものがあることも知っている。
日本は、海に囲まれ、比較的同質性の高い人たちで構成されている国である。
海の周りには、島があり、その島には外国の勢力が進出してい場合もある。
しかし、それを日本に取り戻すためには、日本には「外交交渉」しか道はない。
まさか、憲法9条を拡大解釈、または改正して、武力による日本領土の奪取ともなると、国際的な批判よりも、国内的な混乱が起きるという、とても不思議な国である。
広島にある、原爆慰霊碑には「二度とあやまちはくりかえしません」と書いてある。
以前書いたことがあるが、この「あやまち」とはなにか。
「原爆投下」と考えるのが普通だろうか。
もしくは「戦争」を行なったこと、だろうか。
どちらにせよ、平和ボケした日本で、国防のことなど真剣に考えている人は少なく、そして、それに対しての行動を起こす人も少ない。
軍事マニアは多いが、「戦争」とは政治の一手段であることから、どちらかといえば、政治に詳しい人のほうが、コメント的には適切に思える。
ひとつ、予言をしておこう。
50年以内に、台湾は中国領となる。
もしかすると、朝鮮半島も、中国領となる?
日本はアメリカの核の傘が、いつまでもかかっていると思ってはいけない。
所詮、人の傘。嫌いになれば、はずされる傘である。
そして、日本人は、核は持たないだろう。
少なくとも、核兵器を持つような政府を、私は信じない。
心情的な面と、合理的な面から、私は許さない。
今年も、8月6日はやってくる。
もういちど、日露戦争が終わった後から敗戦までの政治の流れ、国民の考え、世界の流れを整理し、「先の不幸な戦争」と呼ばれるもの、過去のものにするべきである。
未来志向の外交(平和外交ではない)は、いつ、日本に生まれるのだろう?
それより、日本は、このさき、大丈夫なのだろうか。
そして、三原も、娘が大きくなるころには、どのような街になっているのだろう。
少なくとも、私が小学校1年生のころのみはらとは、今の三原はずいぶん変わってしまった。
もっと歳の人だと、もっと変わってしまったと言うだろう。
小早川隆景公なら、どんなことを言うだろう。
おもわず、空想してしまった。
2009年03月14日
以前、「花兆の中かそばとオムライス」という記事を書いた。久しぶりにその花兆で、「中かそばとオムライス」を食べたのだが、驚いたことに、オムライスが進化していた!
以前は、古式ゆかしいチキンライスが玉子に包まれたオムライスだったものが、最近はやりの「とろとろオムライス」になっているではないか・・・。
この形式のオムライスは、伊丹十三により考案され、銀座の「たいめい軒」で具現化された話は有名である。そして、伊丹十三監督による映画「タンポポ」により、世に知らしめられた・・・と思う。
今ではオムライスといえば、この「とろとろオムライス」が主流になりつつあり、古式ゆかしいオムライスは、オムライス界で端のほうに追いやられているような気がしないでもない。
たぶん、近い将来、とろとろオムライスと古式ゆかしいオムライスは、再び均衡を保ち、同列に扱われるであろう、と勝手に予測している。古式ゆかしいオムライスには、それはそれで魅力があるのだ!
卵のとろとろ感を味わいたいのであれば、「とろとろオムライス」でもよいかもしれないが、チキンライスと薄焼き玉子とケチャップソースのハーモニーという点では両者には玉子焼きの差が大きい。
とろとろ卵では、一体感が増しすぎて、どんぶり状になり、「卵かけごはんチキンライス風味ソースがけ」という状態にもなりかねない。
古式ゆかしいオムライスでは、それぞれが単独に主張しあい、チキンライスと薄焼き玉子とソースのハーモニーを個人主義的に楽しめる。
どちらが良いかどうかは置いておき(好みの問題である)、現在の主流は「とろとろオムライス」であることは、タウン情報誌などの情報でオムライスが出てきた時に必ず「とろとろオムライス」であることから、自明の理ともいえる。
ともかく、その主流に、「花兆」が乗ったのである。
嬉しくもあり、さみしくもある。
古式ゆかしいオムライスにも、魅力があるのだ。
ぜいたくを言うならば、「中かそばとオムライスのセット」にも2種類設けて、「中かそばととろとろオムライスのセット」と「中かそばとオムライス・トラディショナルのセット」と、好みにあわせてほしいような気がしないでもない・・・が、それは本当にぜいたくというものである。
というより、たぶん、一言「前のオムライスでお願いします」といえば、対応していただけるであろう。
お店とのコミュニケーションとは、メニュー上で行なうのではなく、実際にお店とのコミュニケーションで成り立つのである。
で、次回「中かそばとオムライス」を食べる時、私はどうするか・・・というと。
両方とも魅力的なので、その時の気分で主張したいなぁ・・・。
お店の方には、ご迷惑をおかけするのかなぁ・・・。
あまりにも更新していないと、「店長さん、病気しちゃったん?」とか、「最近、忙しいん?」とか、直接声を頂く。ありがたいことに更新しなくても、来ていただける方がいらっしゃる。
がんばって、更新しなければ!
といういわけで、久しぶりに先日見つけたコネタをひとつ。
先日、パルディ西町店に行ってきた。心の中ではもちろん「西町スーパー」と呼んでいる。そして、「西町スーパー」で十分「パルディ西町店」と認識していただけるのが、三原市民としては常識である。
さて、通勤の通り道にあって便利なので、時々利用させていただいているパルディ西町店であるが、つい先日の出来事。
普通に駐車場に車を入れ、ふと道路わきにある「パルディ西町店」の大きな立看板を眺めると、その基礎部分に目がいった。
なにか、石柱がバラバラと置いてある?
なんでだろう?不思議だ。
雑然?整然?何かの規則に従って置いてある?
だいたい、看板の下に、雑然と大きな石柱が並べておいてあるのは、おかしい。
・・・2〜3秒、不思議な感覚を覚えながら眺めた。

よくよく見てみると、「パルディ(実際には最後の小さい「ィ」は不確実である」と置いてあるような、ないような・・・。
しかしまぁ、なにか釈然としない。
パルディの「パ」の丸の色が違う。丸ではなく、点に見える。「バルディ」に見える・・・。どうしてここまでやったのに、いろを合わせななかったのだろう。不思議だ。
事実、「ディ」の「デ」の点々は、きちんと色が合わせてあるのに・・・。
ついでに、「ディ」の小さい「ィ」の縦棒がどっちらけの方向に放置されている。思わず、直そうかと思ってしまった。
しかし、店舗の前ということで、人目につくうえに、一生懸命石を動かしている姿は、あまりにも不審である。
ともかく、草は刈ってあるようなので、手入れはされている・・・のか?刈られているのか?夏に見たら草に埋まっている、なんてことはないのか?
疑問は尽きない。
と、毎日なにげなく見ている光景の中にある、何らかの主張というものには二つある。「見て見て!!」と主張するものと「まぁ、気がついたらええか」というものである。この「パルディのモニュメント」はどうにも前者とも後者とも判断しがたい。たぶん、後者であると思うのだが前者とも思える(専門家が行なわないと、石をこのように置くことは不可能である)。
ちいさな発見かもしれないけれど、いろいろと考えさせられる発見だった。
がんばって、更新しなければ!
といういわけで、久しぶりに先日見つけたコネタをひとつ。
先日、パルディ西町店に行ってきた。心の中ではもちろん「西町スーパー」と呼んでいる。そして、「西町スーパー」で十分「パルディ西町店」と認識していただけるのが、三原市民としては常識である。
さて、通勤の通り道にあって便利なので、時々利用させていただいているパルディ西町店であるが、つい先日の出来事。
普通に駐車場に車を入れ、ふと道路わきにある「パルディ西町店」の大きな立看板を眺めると、その基礎部分に目がいった。
なにか、石柱がバラバラと置いてある?
なんでだろう?不思議だ。
雑然?整然?何かの規則に従って置いてある?
だいたい、看板の下に、雑然と大きな石柱が並べておいてあるのは、おかしい。
・・・2〜3秒、不思議な感覚を覚えながら眺めた。

よくよく見てみると、「パルディ(実際には最後の小さい「ィ」は不確実である」と置いてあるような、ないような・・・。
しかしまぁ、なにか釈然としない。
パルディの「パ」の丸の色が違う。丸ではなく、点に見える。「バルディ」に見える・・・。どうしてここまでやったのに、いろを合わせななかったのだろう。不思議だ。
事実、「ディ」の「デ」の点々は、きちんと色が合わせてあるのに・・・。
ついでに、「ディ」の小さい「ィ」の縦棒がどっちらけの方向に放置されている。思わず、直そうかと思ってしまった。
しかし、店舗の前ということで、人目につくうえに、一生懸命石を動かしている姿は、あまりにも不審である。
ともかく、草は刈ってあるようなので、手入れはされている・・・のか?刈られているのか?夏に見たら草に埋まっている、なんてことはないのか?
疑問は尽きない。
と、毎日なにげなく見ている光景の中にある、何らかの主張というものには二つある。「見て見て!!」と主張するものと「まぁ、気がついたらええか」というものである。この「パルディのモニュメント」はどうにも前者とも後者とも判断しがたい。たぶん、後者であると思うのだが前者とも思える(専門家が行なわないと、石をこのように置くことは不可能である)。
ちいさな発見かもしれないけれど、いろいろと考えさせられる発見だった。
2008年12月11日
最近、よく聞かれることとして、こんなものがあります。
「ねぇ。ジャスコって、撤退するんだって?」
私は答えます。
「しません。」
撤退する根拠が今のところありません。
全国でジャスコは100店舗閉鎖されるという報道が10月10日にありました。たぶん、それが引き金になったのではないか、と感じてはいるのですが、「全国で」という点に注目したいと思います。
三原のジャスコが、そんなにひどい店なのか、というと、全国的にはそんなにひどくない店なのです。とても平均的というか、バカ売れもしていないし、大損もしていない、三原の街をそのまま持ち込んだような、そんなお店です。三原の縮図とも言えるかもしれません。
撤退する根拠を提示できるか、というと、できないのです。
ためしに、グーグルで「ジャスコ 撤退」と検索してみると、老朽化した店舗(その場合、新たに別の場所にショッピングセンターを展開します)、もしくは、本当に景気の悪い場所にある店舗が、検索に引っ掛かります。
三原は、この未曽有の不景気傾向のなか、全国平均的に景気が落ち込んでいる街です。これまた、平均的なのです。
ないものを証明することは、不可能です。
たとえば、「宇宙人の乗っているUFO」について、NASAは存在を否定できません。未確認の飛行物体というものは、実際に存在するからです。それは隕石だったりする場合もあります。
ですが、それは「宇宙人の乗っている乗り物」の存在というわけではなく、単に「未確認の飛行物体」があるということだけです。
また、有名な「悪魔の証明」という命題もあります。「悪魔」という存在を否定するためには、「悪魔がいないこと」を証明しなければならない。となると、元から存在しない「悪魔」がいないことが証明できない。つまり、悪魔は「存在するかもしれない」ということになります。
と、いうわけで、巷のウワサとは、その程度の信憑性しかない、ということです。
・・・まれに、本当の情報がウワサとして流れる場合もありますが・・・。
そういえば、駅前のペアシティ東館跡地に水がたまっているようで、問題になっているようですが、ライフコート社はポンプを設置して排水機能を稼働させてくれるのでしょうか。
私にとっては、そちらのほうがよっぽどウワサより心配だったりします。
先日、某所にて「ペアシティ東館跡地に水がたまっているんだったら、周りを防水加工して、ほんまもんの浮城を10分の1ぐらいのスケールで作って、観光資源にしよう!ぜったい、みんな見に来る!」と言ったら、笑われてしまいました。・・・結構、本気だったんですよ。
呉の大和ミュージアムみたいに、三原に浮城ミュージアムを作って、「小早川隆景・浮城博物館」も併設し、日本庭園も造り、上田宗箇流(三原にゆかりのある流派)の茶会なんぞ開いたら、素晴らしいだろうなぁ、とあの場所を通るたびに想像します。
きっと、日本中の「城マニア」が集まってくるだろうし、三原の人間として「浮城復活」はアイデンティティの創出にもなるだろうし、隣のペアシティ西館から俯瞰して見ると、かなり気持ちがいいだろうなぁ、と思うのですが・・・。
うちの会社のお金で作れたならば、即作ります!
もちろん、そんなお金はありませんが・・・。
「ねぇ。ジャスコって、撤退するんだって?」
私は答えます。
「しません。」
撤退する根拠が今のところありません。
全国でジャスコは100店舗閉鎖されるという報道が10月10日にありました。たぶん、それが引き金になったのではないか、と感じてはいるのですが、「全国で」という点に注目したいと思います。
三原のジャスコが、そんなにひどい店なのか、というと、全国的にはそんなにひどくない店なのです。とても平均的というか、バカ売れもしていないし、大損もしていない、三原の街をそのまま持ち込んだような、そんなお店です。三原の縮図とも言えるかもしれません。
撤退する根拠を提示できるか、というと、できないのです。
ためしに、グーグルで「ジャスコ 撤退」と検索してみると、老朽化した店舗(その場合、新たに別の場所にショッピングセンターを展開します)、もしくは、本当に景気の悪い場所にある店舗が、検索に引っ掛かります。
三原は、この未曽有の不景気傾向のなか、全国平均的に景気が落ち込んでいる街です。これまた、平均的なのです。
ないものを証明することは、不可能です。
たとえば、「宇宙人の乗っているUFO」について、NASAは存在を否定できません。未確認の飛行物体というものは、実際に存在するからです。それは隕石だったりする場合もあります。
ですが、それは「宇宙人の乗っている乗り物」の存在というわけではなく、単に「未確認の飛行物体」があるということだけです。
また、有名な「悪魔の証明」という命題もあります。「悪魔」という存在を否定するためには、「悪魔がいないこと」を証明しなければならない。となると、元から存在しない「悪魔」がいないことが証明できない。つまり、悪魔は「存在するかもしれない」ということになります。
と、いうわけで、巷のウワサとは、その程度の信憑性しかない、ということです。
・・・まれに、本当の情報がウワサとして流れる場合もありますが・・・。
そういえば、駅前のペアシティ東館跡地に水がたまっているようで、問題になっているようですが、ライフコート社はポンプを設置して排水機能を稼働させてくれるのでしょうか。
私にとっては、そちらのほうがよっぽどウワサより心配だったりします。
先日、某所にて「ペアシティ東館跡地に水がたまっているんだったら、周りを防水加工して、ほんまもんの浮城を10分の1ぐらいのスケールで作って、観光資源にしよう!ぜったい、みんな見に来る!」と言ったら、笑われてしまいました。・・・結構、本気だったんですよ。
呉の大和ミュージアムみたいに、三原に浮城ミュージアムを作って、「小早川隆景・浮城博物館」も併設し、日本庭園も造り、上田宗箇流(三原にゆかりのある流派)の茶会なんぞ開いたら、素晴らしいだろうなぁ、とあの場所を通るたびに想像します。
きっと、日本中の「城マニア」が集まってくるだろうし、三原の人間として「浮城復活」はアイデンティティの創出にもなるだろうし、隣のペアシティ西館から俯瞰して見ると、かなり気持ちがいいだろうなぁ、と思うのですが・・・。
うちの会社のお金で作れたならば、即作ります!
もちろん、そんなお金はありませんが・・・。
久しぶりの更新。
ちょっと緊張します・・・。
このブログが停滞しているのは、お店が忙しいのではなくて、某ボランティア団体での活動が忙しいからなのですが、その結果として、1年間、新聞とテレビとホームページを作ることができました。特にテレビは地元のケーブルテレビの放送として、多くの方に見ていただき、いろいろな方から「でとったね」と言われました。・・・内容には触れてくれませんが・・・。
実は、来年も同じ仕事をすることになってしまい、またまたブログが停滞しそうな予感がします。
そんなこんなで、たまにはこちらにも手を入れておこう、ということで、先日思い出したことなど。
うちの店に「パンチアート」というものを趣味にしているスタッフがいます。
先日、店に持ってきた作品を見てみると、これがなかなか素晴らしい!
思わず、対抗意識を燃やしてしまいそうになりました。
そこで、その子に見せたのがこの画像です。
私の作った「飾りパン」です。
三原に帰ってからは、「飾りパン」をあまり作ることがなくなってしまい(仕事の合間に作る余裕がないのです)、私を含む、数人の結婚式のウェルカムボードとして、数点作っただけです。
フランスに行っていた時は、案外時間があったもので(だって、お店が山の中で、これといって遊ぶところもなく、キッチンでパンを作ることが最上の喜びだったもので…)、合計10点ぐらい作成しました。
画像のものは、タブロイド見開き面(さんあいジャーナルをひろげた感じ)程度の大きさ。人生で一番最初に作った「飾りパン」です。
しかし、残念なことに、今までこれ以上のレベルの飾りパンを作れたためしがありません。たぶん、ルーキーのジンクスと同じなのではないかと思います。最初だから、要領も分からず、全力投球して好成績を残し、2年目はそこそこ・・・のような。
私も最初にすべての知識と経験と技術を注ぎ込んで、大変な思いをして作り上げたこの「飾りパン」には、かなり思い入れがあります。が、同じものを作れ、ということになると「正直しんどい」のです。だから2作目から、かなり「楽してそこそこのものを作る」ということになってしまいました。
とはいえ、やはり動機が大切なのだと思います。最初につくったものは「飾りパンを作りたい!!!」という気持ちが大きく、とにかく何でもやってみようという感じで、一生懸命作った結果が、そうなった、ということなのかもしれません。
ともかく、たぶん、これ以上の作品を作ることはもうない・・・と思います。
そして、注文を受けても作らないでしょう。・・・作れないから。
ちょっと緊張します・・・。
このブログが停滞しているのは、お店が忙しいのではなくて、某ボランティア団体での活動が忙しいからなのですが、その結果として、1年間、新聞とテレビとホームページを作ることができました。特にテレビは地元のケーブルテレビの放送として、多くの方に見ていただき、いろいろな方から「でとったね」と言われました。・・・内容には触れてくれませんが・・・。
実は、来年も同じ仕事をすることになってしまい、またまたブログが停滞しそうな予感がします。
そんなこんなで、たまにはこちらにも手を入れておこう、ということで、先日思い出したことなど。
うちの店に「パンチアート」というものを趣味にしているスタッフがいます。
先日、店に持ってきた作品を見てみると、これがなかなか素晴らしい!
思わず、対抗意識を燃やしてしまいそうになりました。
そこで、その子に見せたのがこの画像です。
私の作った「飾りパン」です。三原に帰ってからは、「飾りパン」をあまり作ることがなくなってしまい(仕事の合間に作る余裕がないのです)、私を含む、数人の結婚式のウェルカムボードとして、数点作っただけです。
フランスに行っていた時は、案外時間があったもので(だって、お店が山の中で、これといって遊ぶところもなく、キッチンでパンを作ることが最上の喜びだったもので…)、合計10点ぐらい作成しました。
画像のものは、タブロイド見開き面(さんあいジャーナルをひろげた感じ)程度の大きさ。人生で一番最初に作った「飾りパン」です。
しかし、残念なことに、今までこれ以上のレベルの飾りパンを作れたためしがありません。たぶん、ルーキーのジンクスと同じなのではないかと思います。最初だから、要領も分からず、全力投球して好成績を残し、2年目はそこそこ・・・のような。
私も最初にすべての知識と経験と技術を注ぎ込んで、大変な思いをして作り上げたこの「飾りパン」には、かなり思い入れがあります。が、同じものを作れ、ということになると「正直しんどい」のです。だから2作目から、かなり「楽してそこそこのものを作る」ということになってしまいました。
とはいえ、やはり動機が大切なのだと思います。最初につくったものは「飾りパンを作りたい!!!」という気持ちが大きく、とにかく何でもやってみようという感じで、一生懸命作った結果が、そうなった、ということなのかもしれません。
ともかく、たぶん、これ以上の作品を作ることはもうない・・・と思います。
そして、注文を受けても作らないでしょう。・・・作れないから。
たまには、更新しとかないと!
コメントに返事できなくて、本当に申し訳ございません。
忙しいのです。貧乏暇なしです。爪に火を燈して生活しております(言いすぎ)。
さて。
三原城は三万石の禄高だったと言われている。記憶に間違いなければ、広島浅野家の支城としてあった時代の話。
そこで、ふと思った。
3万石とは、米何トン分?
調べてみた。
1石=1000合。
1合が約150グラム。
つまり、1石が150キロ。
ということで、その3万倍は450万トン。
ちなみに、ユアーズで山口産ひとめぼれが10キロで2980円と言うお買得価格。それを元に3万石を計算すると、金額にして、1トン29万8000円。89億4000万円。
浅野家家老に与えられた禄高として、どのぐらいのものかは、よくわからない。その3万石で家臣を養わなければならないし、城も維持しなければならない。実際に、城を経営してみないと、多いのだか少ないのだか・・・。
ただし、江戸時代、三原に3つの過ぎたるもの・・・というものがあり、3万石の三原城がはいっているのだから、規模にしては結構な額だったのかもしれない。
コメントに返事できなくて、本当に申し訳ございません。
忙しいのです。貧乏暇なしです。爪に火を燈して生活しております(言いすぎ)。
さて。
三原城は三万石の禄高だったと言われている。記憶に間違いなければ、広島浅野家の支城としてあった時代の話。
そこで、ふと思った。
3万石とは、米何トン分?
調べてみた。
1石=1000合。
1合が約150グラム。
つまり、1石が150キロ。
ということで、その3万倍は450万トン。
ちなみに、ユアーズで山口産ひとめぼれが10キロで2980円と言うお買得価格。それを元に3万石を計算すると、金額にして、1トン29万8000円。89億4000万円。
浅野家家老に与えられた禄高として、どのぐらいのものかは、よくわからない。その3万石で家臣を養わなければならないし、城も維持しなければならない。実際に、城を経営してみないと、多いのだか少ないのだか・・・。
ただし、江戸時代、三原に3つの過ぎたるもの・・・というものがあり、3万石の三原城がはいっているのだから、規模にしては結構な額だったのかもしれない。
今日はなぜだか久井〜大和〜本郷と、旧3町を制覇することになってしまった。
そんな時間を過ごしたので、いくつかのブログのネタを拾ったのだが、まず最初書くのは、かねてからの宿題であった「白竜湖のよがんす白竜(道の駅)
(大きな地図で見る)の真正面にある「たこ焼き屋」である。年下の友人から「旨い」とうわさに聞いていた。関西出身の主人が焼く「たこ焼き」であるいう。とりあえず、行ってみた。
ぱっと見て、店舗はとにかくコンパクトである。「必要最小限」とはこのことなのだろう。食べるスペースは用意されているが、極めて簡素なテラスである。今日のようにうららかな天気の良い日でないと、幸せな気持ちは味わえないかもしれない。しかも、屋号はなんと言うのだろう?外観からはうかがい知れない。看板には「大阪たこやき」としか書いていないような・・・。たこの絵のところに「NEEDS」と書いてあるので、それが屋号なんだろうか?謎である。謎が満載である。
ともかく、6個入り300円のたこ焼きをいただく事にした。
15個なら、650円ということで、1個当たり13%ほどお安くなるようだ。ほかにも、「辛口ソース」「しょうゆ」「しお」など。あと、たこやきだけでなく、大阪風お好み焼きも売っていた。
熱々のたこ焼きを、そのテラスで頂いたのだが、これはなかなかに旨い。やはり、焼きたてのたこやきとは、旨いものである。尾道の「すぎや」さんと比較すると酷なので(すぎやさんは、こだわりの店である・・・)、平均的に考えると、見かけによらず実力派のたこ焼き屋さんだと思う。かりっとした表面にとろりとした生地。ころりと入ったタコ。オタフクソースとマヨネーズと鰹節のトリニティ。まったくもって、普通の「たこやき」である。(笑)
車で来ていなければ、ビールのお供にしたい。というより、ビールが飲みたくなった。だいたい、朝ごはん代わりに「たこやき」なんだから(食べたのは朝食抜きの11時である)、そんな時間からビールとは、結構なご身分でないと無理である。
とはいえ、私のの休日には、ビールはつきものではあるのだが・・・。
ちなみに、大和町には「オタフクソース」の工場がある。ついでに言うと、「オタフクソース」の創業者一家とは、なんだか遠い親戚になるらしい(だからどうした?)。
朝ごはんとして、たこ焼きをほふほふと頂いたあと、さて次の目的地へ・・・と車を走らせようとする矢先、目に飛び込んできたモノがあった。
「産みたてたまご 直売所」?
どうみても、自動販売機である。近寄ってみると、やはり自動販売機である。
販売機の中には、確かに卵がネットに入って置いてあった。お値段300円。
「産みたて」とは、なんだか妙に食欲をそそるではないか。これで「卵かけご飯」なんてした日には・・・。旨いだろうなぁ・・・。なんて妄想するうちに、100円玉3つが自動販売機に投入されていた。・・・買っちゃったよー。
光っているボタンを押すと、その扉のキーが外れ、中の卵たちを取り出すことが出来る。
こうして、旨い「卵かけご飯」が食べたいがためだけに「産みたて」に引きずられてしまったのであった。
ちなみに、その卵の自動販売機は、我が母の実家の近く(大和町蔵宗:くらむね)の深川養鶏場というところが展開しているときがついたのは、しばらく後のことだった。
おそるべし、大和町。奥が深い。
帰宅し、その卵で「卵かけご飯」を食べた。私の食べ方は、卵を小鉢に割り入れ、よくかき混ぜる(カラザは取り除く)。それに醤油を加えて、下準備終了。
ご飯に、その卵液を満遍なくかけて、そのまま頂く。このとき、かきぜない。米粒に卵液が表面にへばりついているぐらいがちょうどよい。
今回食べた「生みたて卵」での「卵かけご飯」は、卵の濃厚さを十二分に感じることの出来る、満足のゆく「卵かけご飯」だった。卵の風味もよい。味も濃厚。
ふと、卵で「カスタードクリーム」を炊いて、クリームパンを作ったらうまいかも?と思ったのだが、いまはそんな余裕はないので、次の機会に取っておきたい。
大和町シリーズは、あと1点あるので、続きはまた今度に。
そんな時間を過ごしたので、いくつかのブログのネタを拾ったのだが、まず最初書くのは、かねてからの宿題であった「白竜湖のよがんす白竜(道の駅)
(大きな地図で見る)の真正面にある「たこ焼き屋」である。年下の友人から「旨い」とうわさに聞いていた。関西出身の主人が焼く「たこ焼き」であるいう。とりあえず、行ってみた。
ぱっと見て、店舗はとにかくコンパクトである。「必要最小限」とはこのことなのだろう。食べるスペースは用意されているが、極めて簡素なテラスである。今日のようにうららかな天気の良い日でないと、幸せな気持ちは味わえないかもしれない。しかも、屋号はなんと言うのだろう?外観からはうかがい知れない。看板には「大阪たこやき」としか書いていないような・・・。たこの絵のところに「NEEDS」と書いてあるので、それが屋号なんだろうか?謎である。謎が満載である。ともかく、6個入り300円のたこ焼きをいただく事にした。
15個なら、650円ということで、1個当たり13%ほどお安くなるようだ。ほかにも、「辛口ソース」「しょうゆ」「しお」など。あと、たこやきだけでなく、大阪風お好み焼きも売っていた。
熱々のたこ焼きを、そのテラスで頂いたのだが、これはなかなかに旨い。やはり、焼きたてのたこやきとは、旨いものである。尾道の「すぎや」さんと比較すると酷なので(すぎやさんは、こだわりの店である・・・)、平均的に考えると、見かけによらず実力派のたこ焼き屋さんだと思う。かりっとした表面にとろりとした生地。ころりと入ったタコ。オタフクソースとマヨネーズと鰹節のトリニティ。まったくもって、普通の「たこやき」である。(笑)
車で来ていなければ、ビールのお供にしたい。というより、ビールが飲みたくなった。だいたい、朝ごはん代わりに「たこやき」なんだから(食べたのは朝食抜きの11時である)、そんな時間からビールとは、結構なご身分でないと無理である。
とはいえ、私のの休日には、ビールはつきものではあるのだが・・・。
ちなみに、大和町には「オタフクソース」の工場がある。ついでに言うと、「オタフクソース」の創業者一家とは、なんだか遠い親戚になるらしい(だからどうした?)。
朝ごはんとして、たこ焼きをほふほふと頂いたあと、さて次の目的地へ・・・と車を走らせようとする矢先、目に飛び込んできたモノがあった。
「産みたてたまご 直売所」?どうみても、自動販売機である。近寄ってみると、やはり自動販売機である。
販売機の中には、確かに卵がネットに入って置いてあった。お値段300円。
「産みたて」とは、なんだか妙に食欲をそそるではないか。これで「卵かけご飯」なんてした日には・・・。旨いだろうなぁ・・・。なんて妄想するうちに、100円玉3つが自動販売機に投入されていた。・・・買っちゃったよー。
光っているボタンを押すと、その扉のキーが外れ、中の卵たちを取り出すことが出来る。
こうして、旨い「卵かけご飯」が食べたいがためだけに「産みたて」に引きずられてしまったのであった。
ちなみに、その卵の自動販売機は、我が母の実家の近く(大和町蔵宗:くらむね)の深川養鶏場というところが展開しているときがついたのは、しばらく後のことだった。
おそるべし、大和町。奥が深い。
帰宅し、その卵で「卵かけご飯」を食べた。私の食べ方は、卵を小鉢に割り入れ、よくかき混ぜる(カラザは取り除く)。それに醤油を加えて、下準備終了。
ご飯に、その卵液を満遍なくかけて、そのまま頂く。このとき、かきぜない。米粒に卵液が表面にへばりついているぐらいがちょうどよい。
今回食べた「生みたて卵」での「卵かけご飯」は、卵の濃厚さを十二分に感じることの出来る、満足のゆく「卵かけご飯」だった。卵の風味もよい。味も濃厚。
ふと、卵で「カスタードクリーム」を炊いて、クリームパンを作ったらうまいかも?と思ったのだが、いまはそんな余裕はないので、次の機会に取っておきたい。
大和町シリーズは、あと1点あるので、続きはまた今度に。


