2005年12月
2005年12月27日
この特製コッペパンは、去年の10月ぐらいから販売をはじめたのですが、商品開発は、それよりずいぶん前にひと段楽していました。でも、販売できなかったんです。
やはり、オギロパンである限り、従来の「コッペパン」が、コッペパン。それ以外のコッペパンを並べる事は、自己否定になりはしないだろうか、と、感じていました。そのため、納得いく風味をもった「特製コッペパン」を完成させながらも、販売を控えていました。
「特製コッペパン」は、私にとって、思い出の味を再現したものです。
その味とは、小学校の時に食べた、オギロパンのコッペパンの味でした。工場(こうば)で焼き立ての「コッペパン」を食べた思い出が、頭にずっとこびりついていて、それがどうしても美化されていっていました。だから、「コッペパン」を食べると「美味しいんだけど、あの時に食べた味じゃない」と思っていました。
思い出の味の要素を、いくつかに分類し、その分類された要素ごとに材料や製法を検討しなおし、出来上がった「思いでの味」が、「特製コッペパン」なのです。
ですから、根底にあるものは同じのはずなのですが、「コッペパン」と「特製コッペパン」は、全く違った風味になってしまいました。思い出とは、常に美化されるものです。その美化された思い出を現実化したのですから、そうなってしまうわけです。
販売する時、名前をどうしようか、と、思ったのですが、「コッペパン」という呼称は、どうしても変えたくなかったので、「特製」をつけて、区別する事にしました。
普段なら、「特製」などという言葉を、軽々しく使いはしませんが、この場合は、本当に「特製」なので、使って良いと、判断しました。
価格は「コッペパン」と「特製コッペパン」に、差はありません。
ただし、大きさが「特製コッペパン」がやや小さくなっています。それは、材料の価格差を圧縮した為であることと、同じ価格に設定したかったからです。
区別の方法は、大きさと上面のくぼみ。
「コッペパン」は、大きくて、上面のくぼみは単純な直線が何本かあるもの。
「特製コッペパン」は、小さくて、上面のくぼみは、交差した直線が網状になっているもの。
そんな「コッペパン」と「特製コッペパン」が平行して売られているジャスコ店です。
ちなみに、販売する本当のきっかけは、三原市内に「移動販売のメロンパン屋さん」が進出してきたからです。食してみましたが、私の口には合いませんでした。
それを、三原の人たちに販売するのか・・・。と、歯がゆい思いでした。
パンは、焼き立てがうまいのはあたりまえ。冷めてから旨いのが、本当に旨いパン。
冷めても圧倒的においしい「特製コッペパン」を、販売する気になったのは、そういった事情もありました。三原の人たちには、美味しいパンを食べて頂きたかったのです。
おもいつくまま、書いてしまいましたが、まだまだ、「特製コッペパン」について、書きたい事がいくつもあります。
でも、きょうは、これぐらいで。
2005年12月24日
本社工場から、ジャスコ店へ、昼までに3度、焼き立てのパンが届きます。
そのうちの2回目の配送の時、とんでもないパンが届きました。
それは、巨大な「メープルシロップ」でした。
メープルシロップ、というパンは、編んだパン生地を焼き上げ、それを半分の所で切って、その切れ込みに、マーガリンとメープルシロップを塗ってある菓子パンです。
どうやら、注文が入っていたらしく、通常のものより、7倍大きいそうです。
パン生地重量で7倍ですので、見た目は7倍ではないところが、面白い所です。
検品中のうちのスタッフは、「わぁ!」と、かなりビックリしていました。その声を聞いて、「どうしたの?」と近寄ってみると、私も「わぁ!」と、ビックリ。おもわず、「これ、なに?」と聞いてしまいました。
「神明祭」や「浮城祭」では、オギロパンの巨大コッペパンと巨大アンパンが、売りに出される事がありますが、メープルシロップまで・・・。
そして、もうひとつのビックリは、その注文主は、うちのスタッフだった事でした。
知らない間に、そんな発注をかけていたなんて・・・。(笑)
家に持って帰って、半分まで、ぺロりと食べたそうです。
3.5個分なんだけどなぁ・・・。
そのうちの2回目の配送の時、とんでもないパンが届きました。
メープルシロップ、というパンは、編んだパン生地を焼き上げ、それを半分の所で切って、その切れ込みに、マーガリンとメープルシロップを塗ってある菓子パンです。
どうやら、注文が入っていたらしく、通常のものより、7倍大きいそうです。
パン生地重量で7倍ですので、見た目は7倍ではないところが、面白い所です。
検品中のうちのスタッフは、「わぁ!」と、かなりビックリしていました。その声を聞いて、「どうしたの?」と近寄ってみると、私も「わぁ!」と、ビックリ。おもわず、「これ、なに?」と聞いてしまいました。
「神明祭」や「浮城祭」では、オギロパンの巨大コッペパンと巨大アンパンが、売りに出される事がありますが、メープルシロップまで・・・。
そして、もうひとつのビックリは、その注文主は、うちのスタッフだった事でした。
知らない間に、そんな発注をかけていたなんて・・・。(笑)
家に持って帰って、半分まで、ぺロりと食べたそうです。
3.5個分なんだけどなぁ・・・。
2005年12月23日
Sシリーズとは、ジャスコ店で、突然生み出される、私のパンです。
もちろん、販売はジャスコ店のみです。
そして、Sシリーズは、基本的に、単発です。
また、その「S」の由来とは・・・秘密です。(笑)
さて、今日のSシリーズは、トーストでのお召し上がりを前提にした、山型食パンです。
パンとバターの風味を重視してみました。
トーストすると、外はカリッ、中がしっとり、口溶けさっぱり、後口しっかりです。
ジャムと一緒でも良いですね。目玉焼きなどとも、良く合うと思います。
1斤241円で、今日と明日のみの販売となります。
何度も念を入れて。
トーストでのお召し上がりを前提にして作りました!
トーストして・・・
トーストして食べなきゃ、どうなるか・・・。
バターの風味が勝ちすぎて、バランスが悪くなります。(汗)
2005年12月21日
牛丼ふりかけ。
あの、大森屋製である。
牛丼とは、あの牛丼(吉野屋とか、すき屋とか・・・)の事だろう。
それを、ふりかけにするとは、大胆不敵な試み。
さすがは、ナニワの大森屋だ。ハバネロのふりかけ(正式名は「旨辛とうがらしふりかけ」)を作るメーカーだけあって、降って湧いたような企画力。
牛丼自体、丼ものとしては、その直球さ加減が素晴しい。牛肉とタマネギとダシの三位一体が織り成すファンタジーである。
そんな牛丼を、ふりかけにする。
牛丼自体、安価な日本的簡便食なのに、よりいっそう安価で手軽な「ふりかけ」へと、変化させるその方向性は、堅気の商売ではない。博打である。
しかしその存在の中途半端さに、とても魅力を感じ、ついつい興味そそられ、買ってしまった。
大森屋の博打に乗った!
早速、食してみる事にした。
白ご飯に、その「牛丼ふりかけ」を、パラパラと少々多めに振り掛ける。
まんべんなく馴染む頃合いを見計らって、箸をおもむろに白ご飯に突き刺し、「牛丼ふりかけ」と馴染んだ飯を、勢いよく口に放り込み、咀嚼する。
にんまりする。
たしかに、牛丼のような味がする。タレのかかった肉のない部分の牛丼の飯の風味を感じる。
目を瞑っている状態で、誰かにだまって口にこれを入れられ、「これ何の味?」と聞かれれば、ほぼ間違いなく「牛丼」と答えるであろう。
しかし、これは「牛丼ふりかけ」なのだ、と、ハッと気がつく。
所詮はふりかけ。肉は入っていない。
ふりかけは、ふりかけなのだ。
でも、本当に良くできている。見事な「牛丼ふりかけ」だ。
もちろんB級グルメとして・・・。
すごく「勢い」だけで製品化したものに感じた。
こんな企画が通り、そして市場に出してくる大森屋。恐るべし。
さすが、海苔屋さんだけに、ノリがよろしいようで。
2005年12月19日
昨日の朝、積雪のあったジャスコ食品館前駐車場での出来事。
時間はたしか、周りが明るくなりかけた、午前7時過ぎ。
職場で仕事をしている最中、なにげなく駐車場に目をやると、おばさまがひとり、なにやら不審な動きをしていた。傘のようなもので、地面になにかを書いている・・・ように見える。書き終わったあと、しばらくその書いたものを眺め、ひと呼吸を置き、再び書きはじめる。
そして、てくてくと、遠くへ歩いていった。
こうなると、私は気になって仕事にならない。
「あれ。なにを書いてあるんだろう?」
職場から動けず、イライラしながら仕事を一段落させ、1時間後、やっと現場に見に行く事が出来た。
うん?「MICHEL」と書いてある?
ミシェル?マイケル、じゃないし、ミハイルじゃないし。ミシェル、だよなぁ。多分・・・。
ミシェル。だれ?
で、そのあと、その続きを見てみた。
うん?「かわいい」と書いてある・・・。
かわいいんだ・・・。
で、一体、「MICHEL」って、だれ?かわいいの?
おばさまの雪面に残したメッセージと、その意味は、迷宮入りしそう。
時間はたしか、周りが明るくなりかけた、午前7時過ぎ。
職場で仕事をしている最中、なにげなく駐車場に目をやると、おばさまがひとり、なにやら不審な動きをしていた。傘のようなもので、地面になにかを書いている・・・ように見える。書き終わったあと、しばらくその書いたものを眺め、ひと呼吸を置き、再び書きはじめる。
そして、てくてくと、遠くへ歩いていった。
こうなると、私は気になって仕事にならない。
「あれ。なにを書いてあるんだろう?」
職場から動けず、イライラしながら仕事を一段落させ、1時間後、やっと現場に見に行く事が出来た。
ミシェル?マイケル、じゃないし、ミハイルじゃないし。ミシェル、だよなぁ。多分・・・。
ミシェル。だれ?
で、そのあと、その続きを見てみた。
うん?「かわいい」と書いてある・・・。
かわいいんだ・・・。
で、一体、「MICHEL」って、だれ?かわいいの?
おばさまの雪面に残したメッセージと、その意味は、迷宮入りしそう。
2005年12月18日
この冬も、何度かの降雪はありましたが、積雪です。
何度繰り替えして書きますが、積雪です。
年に1度あるかないかの、積雪です。しつこい。
早朝5時頃は3センチぐらい、地面に積もってました。車には5センチは積もってました。
積雪です。(笑)
やかんで湯をわかし、フロントガラスの雪と氷を溶かし、暖気運転をして、なんやかんや手間取りながら「ノーマルタイヤ」で、出勤しました。チェーンもスタッドレスも、用意していません。
そして雪国ではないので、積雪されると、かなり臆病になります。
ともあれ、今日は日曜日なので、平日より乗用車が少なく、ひとまずホッとしましたが、気張ってハンドルを握り、職場まで行きました。速度もギアも落として、ゆーっくりじーっくり走りました。
おかげで、車で滑りはしませんでしたが、徒歩でみごとに滑りました。こけませんでしたが、びっくりしたー。
このあたりは、温暖な気候なので、こういう時には、交通は麻痺しやすいようです。
中国道も山陽道も、通行止めをしてるようです。
事故がなければ、いいんですが。
おかげで、国道2号線に、普段見かけない長距離トラックがたくさん走っていました。
温暖な気候がゆえ、昼過ぎには、道路の雪は解けてしまいましたが、日陰部分には、解けていない部分もありました。
で、お店のほうは・・・。
予定通り、午前中のお客さまは、少なかったですね。
この雪の中、御買い物に出るのは、私でも辛い。できれば出勤もしたくないような・・・。
積雪です。(涙)
子供の頃は、雪が降るだけで嬉しくって、積もってしまったならば狂喜乱舞だったのに、大人になると「あーあ。雪かぁ・・・」と、損得で考えてしまうのは、辛い所です。純粋さを失っていく気がします。
せめて、今年中。欲張って、七草がゆを頂くあたりまでは、もう、積雪は勘弁。
今晩も寒いのかな?明日は?
もしや積雪ですか?(汗)
2005年12月15日
その「元文化会館」の近くの高架下には、ススキとセイタカアワダチソウが、群生している。
画像は、そのススキ。
さて、ある日、なにげなくその道を通って帰っていると、ススキに何かがうごめいている。一体なんだろう?と、眺めてみると、ススキに雀がたくさん乗っていた。1本のススキに一羽の雀。そういう感じで、だいたい30羽ぐらいだろうか。もっと居たかもしれない。
雀、なにしてるんだろう、と、様子を伺ってみた。
すると、その雀達は、どうやら、ススキの穂を食べているようだった。
ここは、雀達のレストランになっていたようだった。
さて、ふとした疑問を感じる。
ススキって、おいしいの?
ススキを調べてみると、イネ科の植物だった。
もしかすると、ススキの穂には、栄養があるのかもしれない。
越冬の為、ススキの穂を食べて栄養を確保?
そういえば、三原には、水田が少なくなったなぁ。それにつれて、雀も少なくなった気がする。
この時期になると、山からカラスが下りてくる。カラス達も、山に餌がなくなってしまったのだろうか。
妙な所で、自然環境の変化を感じてしまい、すこし考え込んでしまった。
2005年12月12日
今、地方都市では、マンションの建設が進んでいる。
これは、団塊の世代のリタイア後の安住の地として、建設している面もあるらしい。
さて、ふとおもった。
マンションが、同じ時期に、たくさん建設される。これはすなわち、30年後になると、老朽化したマンションが中心部にごろごろとある状態になるのではないのだろうか。
そのころ、私は62歳。仕事もリタイアしているかもしれない。足腰も弱くなっているかもしれない。もちろん、マンションには、住まない。
現在の時点で、駅前の天満屋は建築されて25年。結構老朽化が進んでいるらしい。
三原市の中心部と呼ばれている地域に、どのような計画や戦略を持って、都市計画を行うのだろう。これは、私自身の仕事ではないので、実際に行うのは行政かもしれないが、若干、心配でならない。
30年後の三原。老朽化したマンション群。道路だけは、きれいに整備され。街は個人店が少なくなり、大型ショッピングセンターやスーパーなどで、買い物をする。
新しい文化会館ができたとしても、そこに住む人が、どのような内容の興行を求めるのだろう。そして、自主的に興行を打てるのだろうか。
バイパスが開通して、本当に国道2号線は、生活道路としての機能を、回復できるのだろうか。
そういったことを、戦略的に考えるのが、都市計画の仕事だと思うのだが、一体誰が責任者なのだろう。市長さんですか?それとも、役所のどなたかですか?
都市計画とは、この街の50年後、100年後のことを考えて、街に住む人の事を考えて、より良く住みやすい街にする事。それが、いまの行政に出来ますか?なにか、考えてますか?
対処療法に陥ってませんか?
都市計画は、根本療法ですよ。
中心街を活性化させるのは、懐古主義のロマンティシズムで、現実に則していない事は、おわかりですか?
もし、中心街を活性化させる為には、周辺との交通の連係なども考えて、都市計画を行う必要があるのですよ。
自分達の住む街。そして、次の世代の住む故郷の街。そういう街を生み出す為には、かならず、戦略は必要です。
これは、団塊の世代のリタイア後の安住の地として、建設している面もあるらしい。
さて、ふとおもった。
マンションが、同じ時期に、たくさん建設される。これはすなわち、30年後になると、老朽化したマンションが中心部にごろごろとある状態になるのではないのだろうか。
そのころ、私は62歳。仕事もリタイアしているかもしれない。足腰も弱くなっているかもしれない。もちろん、マンションには、住まない。
現在の時点で、駅前の天満屋は建築されて25年。結構老朽化が進んでいるらしい。
三原市の中心部と呼ばれている地域に、どのような計画や戦略を持って、都市計画を行うのだろう。これは、私自身の仕事ではないので、実際に行うのは行政かもしれないが、若干、心配でならない。
30年後の三原。老朽化したマンション群。道路だけは、きれいに整備され。街は個人店が少なくなり、大型ショッピングセンターやスーパーなどで、買い物をする。
新しい文化会館ができたとしても、そこに住む人が、どのような内容の興行を求めるのだろう。そして、自主的に興行を打てるのだろうか。
バイパスが開通して、本当に国道2号線は、生活道路としての機能を、回復できるのだろうか。
そういったことを、戦略的に考えるのが、都市計画の仕事だと思うのだが、一体誰が責任者なのだろう。市長さんですか?それとも、役所のどなたかですか?
都市計画とは、この街の50年後、100年後のことを考えて、街に住む人の事を考えて、より良く住みやすい街にする事。それが、いまの行政に出来ますか?なにか、考えてますか?
対処療法に陥ってませんか?
都市計画は、根本療法ですよ。
中心街を活性化させるのは、懐古主義のロマンティシズムで、現実に則していない事は、おわかりですか?
もし、中心街を活性化させる為には、周辺との交通の連係なども考えて、都市計画を行う必要があるのですよ。
自分達の住む街。そして、次の世代の住む故郷の街。そういう街を生み出す為には、かならず、戦略は必要です。
先日、スタッフSちゃんから、こんな話を聞いた。
「あのですね。すごいイルミネーションがあるんですよー」
で、詳しく話を聞いてみると、個人でやっているイルミネーションで、かなり衝撃度が強いらしく、仕事の帰りに、思わずそのイルミネーションを見に行っているとのこと。
普通のお家のイルミネーションなので、くわしい場所は書けませんが、私も帰り道に寄れる場所だったので、昨夜の帰宅時に見に行ってきた。
本当にびっくりした!
本当に普通の民家に、とんでもなくインパクトの強いイルミネーションが出来上がっていた。
その家のイルミネーションの、一番の特徴は、美しさではない。そして、豪華さでもない。
凄まじいインパクトを与えているのは、「サンタクロースの多さ」だった。ざっと数えて20人はいるだろうか・・・。大きい方や小さい方。
それはもう、三原市の子供達に、一晩でクリスマスプレゼントを配るなんて、お茶の子さいさいと思うぐらい、サンタクロースが集まっていた。
これだけサンタクロースの集まっている姿は、めったに見れるものではない。気合いの入り方が、尋常でない。
個人のお宅なので、画像を掲載することは遠慮させて頂くとして、それはもう、突き抜けているイルミネーションだった。
たぶん、しばらくそこに通いそうな気がする・・・。
スタッフSちゃんによると、去年よりも、パワーアップしているとのこと。
今年がこの調子だったら、来年はもっと凄まじい事になっているかもしれない。
今から、来年のそのお宅のイルミネーションが、とても楽しみだ。
「あのですね。すごいイルミネーションがあるんですよー」
で、詳しく話を聞いてみると、個人でやっているイルミネーションで、かなり衝撃度が強いらしく、仕事の帰りに、思わずそのイルミネーションを見に行っているとのこと。
普通のお家のイルミネーションなので、くわしい場所は書けませんが、私も帰り道に寄れる場所だったので、昨夜の帰宅時に見に行ってきた。
本当にびっくりした!
本当に普通の民家に、とんでもなくインパクトの強いイルミネーションが出来上がっていた。
その家のイルミネーションの、一番の特徴は、美しさではない。そして、豪華さでもない。
凄まじいインパクトを与えているのは、「サンタクロースの多さ」だった。ざっと数えて20人はいるだろうか・・・。大きい方や小さい方。
それはもう、三原市の子供達に、一晩でクリスマスプレゼントを配るなんて、お茶の子さいさいと思うぐらい、サンタクロースが集まっていた。
これだけサンタクロースの集まっている姿は、めったに見れるものではない。気合いの入り方が、尋常でない。
個人のお宅なので、画像を掲載することは遠慮させて頂くとして、それはもう、突き抜けているイルミネーションだった。
たぶん、しばらくそこに通いそうな気がする・・・。
スタッフSちゃんによると、去年よりも、パワーアップしているとのこと。
今年がこの調子だったら、来年はもっと凄まじい事になっているかもしれない。
今から、来年のそのお宅のイルミネーションが、とても楽しみだ。
2005年12月08日
ジャスコさんの駐車場システム変更が、本日ではなくて、14日(水)から、運用されるそうです。
でも、今朝は、車の数が、本当に少なかったなぁ。
売り上げも少なかったけど。
でも、やっぱり、車が少なかったですね。
食品館の前の駐車場は、完全に「裏駐車場」になってしまいました。
慢性的な国道2号線の渋滞。中之町へ行く道から、バイパス経由で流れ込んでくる、車の渋滞。
このあたりは、車ばっかりですね。
で、中之町方面から、国道2号線を利用せずに、食品館の駐車場に行くとすれば、ゲートを3回通らなきゃいけないんです。
そうなると、必然的に食品館に駐車されるお客さまも、減るでしょう。
吉と出るか、凶と出るか、という感じですが、食品館、それもオギロパンにとっては、「凶」になってしまったようです。
あ〜あ。しばらく、たいへんだなぁ。
でも、今朝は、車の数が、本当に少なかったなぁ。
売り上げも少なかったけど。
でも、やっぱり、車が少なかったですね。
食品館の前の駐車場は、完全に「裏駐車場」になってしまいました。
慢性的な国道2号線の渋滞。中之町へ行く道から、バイパス経由で流れ込んでくる、車の渋滞。
このあたりは、車ばっかりですね。
で、中之町方面から、国道2号線を利用せずに、食品館の駐車場に行くとすれば、ゲートを3回通らなきゃいけないんです。
そうなると、必然的に食品館に駐車されるお客さまも、減るでしょう。
吉と出るか、凶と出るか、という感じですが、食品館、それもオギロパンにとっては、「凶」になってしまったようです。
あ〜あ。しばらく、たいへんだなぁ。
2005年12月05日
一昔前では、オギロといればアンパン。アンパンと言えばオギロ。
昨今の「あんこ離れ」で、トップの座は「しゃりしゃりバター」に奪われたものの、アンパンは健在です。
オギロパンのアンパンは、中に入っている餡がこしあんです。
自家製こしあんは、小豆の風味に甘味と若干塩気を感じるものです。
アンパンと相性が良いのは、やっぱり牛乳ですね。
アンパンを一口頬張り、2〜3回咀嚼し、そのまま牛乳を一口飲みますと、アンパンの旨さと牛乳の風味が混ざりあい、お互いの個性を引き立てます。
そして、また、アンパンを一口、牛乳をグビリと繰り返す度に、相性の良さを認識せざるを得ませんね。
そういえば、高校生の頃に工場(こうば)でバイトしている時、アンパンを包ませてもらう機会がありました。
私は、それまでアンパンを包んだことがなかった為、あんこを包むのに四苦八苦していると、三代目親分(社長もしくは父、ですね・・・)が知らない間に私の隣にやってきて、「あんぱんはの、こう包むんじゃ」と、テキパキとアンパンを作っていきました。それはもう、速いっ。
普段、酒を飲んで大虎になって、だらしのない姿しか見ていなかった私は、目からウロコでした。
そう。三代目親分は、大酒飲みなのです。
私も少々酒をたしなみますが、あくまで「少々」なのは、やはり反面教師として・・・(ゴホンッ)。
まぁ、それはそれとして。
そして、その時、ひとつの「オギロパンの伝統」を教えてもらいました。
「うちのアンパンはの、あんこが多いのがええんじゃ。あんこが少なかったら、お客さんから怒られる。でもあんこが多かったら、喜ばれる。多くて怒るお客さんは、おらんけーの。」
「うん。そうだね。」
「じゃけーの。あんこは、自分が食べたいだけ入れろ。すくのう入れたら、いけん。そのほうが、お客さんが、よころぶんじゃけぇ(がっはっは)」
その時は、私もがんばってみましたが、どうにも多く入りません。もちろん、見栄えも悪い。これじゃ、売り物にならないと、さんざんはねられました。
現在の私は、アンパンのあんこは包んでいませんが、ジャスコ店で「粒あんフランス」のあんこは包んでいます。もちろん、伝統通り、大盛りです。本店から「ジャスコ店のあれは、あんこ減らしてくれませんか」と言われるぐらい、入れています。お買得です。(笑)
とはいえ、最近のあんこ離れのせいもあり、どうも、賛否両論のようです。
でも、有無を言わせず大量に包みます。
なにせ、オギロパンの伝統ですから。
もちろん、次の世代に受け継いで行こうと思っています。
究極に大量にあんこを包むのは、職人の本懐です。
2005年12月04日
個人的には、お好み焼きと言うと、昼ご飯というイメージがある。
高校の時とか、土曜日のお昼に食べに行くような。
もっと小さい頃は、お好み焼きと言えば、父の焼くものだと、思っていた。
それ用の鉄板も用意されていた。鉄工所で作ってもらったと聞いている。
そのせいか、私自身も、食べたい時は、自分でお好み焼きを作る。
さすがに鉄板はないので、ホットプレートを使用するけど。
それが面倒な時は、「おみ吉」に食べに行ったり、「たくちゃん」を持ち帰りしたり。
実家では、持ち帰りの定番は「ムーミンハウス」だったかなぁ。
それはさておき。
白井のお好み焼きの事を書いた事によって、三原のお好み焼きに、すこし興味が出てきた。
白井のお好み焼きは、どちらかというと、単純な逆行で、簡素化の結果、生まれたカタチに思える。焼き時間も短縮できる上に、味覚的・ボリューム的に変化が少ない。
白井のおばちゃんが「間違えて作った・・・」と言っているから、本当に間違えて作ったのだろう。それが支持されたので、定着したような感じかな。
お好み焼き屋さんは、基本的なスタンスとして、「店でもしょーか。まぁ、お好み焼き屋でもしょーか」的な、なんというか、「プロの仕事」としての「店」でない場合が多いような気がする。
もちろん、感覚的に多いような気がするだけで、そうでない「プロの仕事」としての、安定的供給のできる店もちゃんとある。それは、これだけ外食産業が盛んになったため出現した店であり、また、旧来のお好み焼き屋さんが進化したカタチでもある。
でも、伝統的な基本は「お店でもしょーか、お好み焼き屋でもしょーか」である。
であるので、店によるお好み焼きの形式の差が激しい。どこがどのように繋がっているか、歴史的背景や、その過程を探る事が難解な業種である。
また、街の人の流れの変化や、経営者の高齢化などで、かつて繁盛していたのに、現在では廃業した店もあるだろう。
正確に知ろうとする場合、地道なデータの拾い上げを行う必要がある。もちろん、それを専門に扱った本などないので、例えば古い電話帳や、古い街の地図や、古い写真から、情報を拾い集めることになるのだろう。これは社会史の分野になる。
あえて、ソースで考えるのなら、テング、オタフク、カープが、三原のお好み焼きに使われるソースの3本柱だろうか。
テングを使っているお店は、古いかもしれない。老舗「てっちゃん」のソースのベースは、テングだと思われる。なにしろ、テングソースは、三原の中間醸造。地元のソース。
オタフクは、標準的に使われていると思う。早くから規模の大きくなった会社なので、県内では、それほど珍しい存在ではない。
カープは、新規店に多いような気がする。カープソースは三次市の毛利醸造製なので、流通がよくなった現在では、当り前に手に入るが、少なくとも昭和の時代には、三原では見たこともなかった・・・と思う。
ソースは、多分、いろんな所でたくさんの醸造会社があったと思う。
地酒や、地醤油のように、地ソースがあったのでは?
それが、淘汰されてしまい、地の醸造会社も少なくなってしまったのだろうか。
そう思うと、三原にとって、テングソースとは、宝物だと思う。
地ソースがあるというのは、三原人として、とても嬉しいし、残っている事を誇らしく思う。
贅沢を言えば、「特選テングソース」とか、材料を現代の流れにそって選択したソースがあったらいいなぁ。とっても嬉しいなぁ。そうなると、三原の宝物以上の存在になるような気がするなぁ。
そういえば、小さい頃(軽く25年は遡る)、我が家でのテンプラは、テングソースをつけてたっけ・・・。
真っ黒なドロッとしたソースに対して、「ウスターソース」をソースと思っていた私は、強烈な違和感を感じた記憶がある。ウスターソースとも違う、醤油とも違う、「ソース」と呼ばれる真っ黒なドロッとしたもの。そう感じていた。
強烈なドロッと感は健在である。
でも、若干ドロッと感は、弱くなったように思えるのは、最初の衝撃が大きかったからだろうか。
ちなみに、オギロパンでも、テングソースを使ってたりして。
コロッケパン。焼そばパン。カツサンド。
とても良いアクセントのある味になります。スパイシーな「辛口」使用です。
・・・あ、無理矢理、仕事に繋げた。(笑)
高校の時とか、土曜日のお昼に食べに行くような。
もっと小さい頃は、お好み焼きと言えば、父の焼くものだと、思っていた。
それ用の鉄板も用意されていた。鉄工所で作ってもらったと聞いている。
そのせいか、私自身も、食べたい時は、自分でお好み焼きを作る。
さすがに鉄板はないので、ホットプレートを使用するけど。
それが面倒な時は、「おみ吉」に食べに行ったり、「たくちゃん」を持ち帰りしたり。
実家では、持ち帰りの定番は「ムーミンハウス」だったかなぁ。
それはさておき。
白井のお好み焼きの事を書いた事によって、三原のお好み焼きに、すこし興味が出てきた。
白井のお好み焼きは、どちらかというと、単純な逆行で、簡素化の結果、生まれたカタチに思える。焼き時間も短縮できる上に、味覚的・ボリューム的に変化が少ない。
白井のおばちゃんが「間違えて作った・・・」と言っているから、本当に間違えて作ったのだろう。それが支持されたので、定着したような感じかな。
お好み焼き屋さんは、基本的なスタンスとして、「店でもしょーか。まぁ、お好み焼き屋でもしょーか」的な、なんというか、「プロの仕事」としての「店」でない場合が多いような気がする。
もちろん、感覚的に多いような気がするだけで、そうでない「プロの仕事」としての、安定的供給のできる店もちゃんとある。それは、これだけ外食産業が盛んになったため出現した店であり、また、旧来のお好み焼き屋さんが進化したカタチでもある。
でも、伝統的な基本は「お店でもしょーか、お好み焼き屋でもしょーか」である。
であるので、店によるお好み焼きの形式の差が激しい。どこがどのように繋がっているか、歴史的背景や、その過程を探る事が難解な業種である。
また、街の人の流れの変化や、経営者の高齢化などで、かつて繁盛していたのに、現在では廃業した店もあるだろう。
正確に知ろうとする場合、地道なデータの拾い上げを行う必要がある。もちろん、それを専門に扱った本などないので、例えば古い電話帳や、古い街の地図や、古い写真から、情報を拾い集めることになるのだろう。これは社会史の分野になる。
あえて、ソースで考えるのなら、テング、オタフク、カープが、三原のお好み焼きに使われるソースの3本柱だろうか。
テングを使っているお店は、古いかもしれない。老舗「てっちゃん」のソースのベースは、テングだと思われる。なにしろ、テングソースは、三原の中間醸造。地元のソース。
オタフクは、標準的に使われていると思う。早くから規模の大きくなった会社なので、県内では、それほど珍しい存在ではない。
カープは、新規店に多いような気がする。カープソースは三次市の毛利醸造製なので、流通がよくなった現在では、当り前に手に入るが、少なくとも昭和の時代には、三原では見たこともなかった・・・と思う。
ソースは、多分、いろんな所でたくさんの醸造会社があったと思う。
地酒や、地醤油のように、地ソースがあったのでは?
それが、淘汰されてしまい、地の醸造会社も少なくなってしまったのだろうか。
そう思うと、三原にとって、テングソースとは、宝物だと思う。
地ソースがあるというのは、三原人として、とても嬉しいし、残っている事を誇らしく思う。
贅沢を言えば、「特選テングソース」とか、材料を現代の流れにそって選択したソースがあったらいいなぁ。とっても嬉しいなぁ。そうなると、三原の宝物以上の存在になるような気がするなぁ。
そういえば、小さい頃(軽く25年は遡る)、我が家でのテンプラは、テングソースをつけてたっけ・・・。
真っ黒なドロッとしたソースに対して、「ウスターソース」をソースと思っていた私は、強烈な違和感を感じた記憶がある。ウスターソースとも違う、醤油とも違う、「ソース」と呼ばれる真っ黒なドロッとしたもの。そう感じていた。
強烈なドロッと感は健在である。
でも、若干ドロッと感は、弱くなったように思えるのは、最初の衝撃が大きかったからだろうか。
ちなみに、オギロパンでも、テングソースを使ってたりして。
コロッケパン。焼そばパン。カツサンド。
とても良いアクセントのある味になります。スパイシーな「辛口」使用です。
・・・あ、無理矢理、仕事に繋げた。(笑)
2005年12月02日
お好み焼きの店で「白井」というお店がある。
何年か前に、買い出しに来ていた白井のおばちゃんと、ジャスコの店の前で、話す機会があった。
その白井のおばちゃんが言うには、
「うちのお好み焼きは、変わっとるんよ。」
「へぇー。どうちがうんですか?」
「最初はね、間違えて作ったんじゃけど、それがええ、って、言われてねぇ。」
「間違えて作ったんですか?」
「そうそう。だから、ほかとは、作り方が違うんよ。」
その時は、店の名前も知らず、そういうお好み屋さんがあるんだ、という興味を抱いたまま、そのまま、数年を過ごした。しかも、未訪のままの状態が続いていた。
意外と、新規のお好み屋さんって、入り難かったりする。
さて、うちのパートさんに「薄塩のお京」さんがいる。
お京さんに、その話をしてみたところ、
「うちの弟が、多分、そのお店に行ってたと思いますよー」
とのことで、期待して、翌日の報告を待った。
「で、どうでした。白井でしたか?」
「はい。白井でした。三工生がよく通っていたお好み焼き屋さんだったそうです。」
との答え。「三工」とは、今では伝説の「三原工業高校」のこと。
伝説を知りたければ、御自分の責任でお願いします。私は、存じておりませんので。
しかし、お京さん、そこまでの話(お店の話で、作り方以外の話)で盛り上がってしまって、かんじんな「お好み焼きの作り方」は、きいてこなかったらしい。
仕方がないので、翌日に「作り方」は、持ち越す事となった。
翌日、お京さんから、
「白井のお好み焼きの作り方、聞いてきました!」
「で、それは?」
期待に胸を膨らませ、私は耳をダンボにしていた。
「えっとですね。まず、焼そばを作って、クレープ状に生地をひいて、その上に焼いた焼そばをおいて、生地をかけて、ひっくりかえすんだそうです。」
とのこと。
え?キャベツは?豚は?と、製法上の疑問がつのる。
通常、お好み焼きの焼そばは、そのままのせるか、すこし焼いてのせるか。それを乗せてしまったのならば、あとの具は、どうなるの?
それとも、そういった、シンプルさが売り?
そういった疑問を、聞いてみると、
「最初に『焼そばを作る』って言ったじゃないですか!」
とのこと。
どうやら、「本格的な焼そば」をつくるみたいだ。もちろん、そこに、本来のお好み焼きの材料であるキャベツと豚は入っている。
それを使って、お好み焼きのスタイルに形成する、ということなのだろう。
ある意味、究極の合理化とも、考えて良いと思う。
驚きのお好み焼きが、「白井」で作られていたんだなぁ、と、感心至極。
そんなお好み焼き、出会った事がない。
なるほど。
焼そばが具の、お好み焼きか。
これは、一度やってみる価値ありかもしれない。
バリエーションも、たくさんできそうで、発展的なお好み焼きなのかもしれない。
そして、この作り方は、きっと「白井」オリジナルだろう。
私は、勝手にこのお好み焼きを「白井焼き」と名付けることにした。
しかし、一般人には、この「白井焼き」は、だまっていては作ってもらえないらしい。
普通に「お好み焼き」とオーダーすると、普通の「お好み焼き」が出来てしまうそうだ。
ここはあえて、「焼そばが具の、お好み焼き」と言うべきだろうか?
少し悩む所だ。
おそるべし「白井焼き」・・・。
何年か前に、買い出しに来ていた白井のおばちゃんと、ジャスコの店の前で、話す機会があった。
その白井のおばちゃんが言うには、
「うちのお好み焼きは、変わっとるんよ。」
「へぇー。どうちがうんですか?」
「最初はね、間違えて作ったんじゃけど、それがええ、って、言われてねぇ。」
「間違えて作ったんですか?」
「そうそう。だから、ほかとは、作り方が違うんよ。」
その時は、店の名前も知らず、そういうお好み屋さんがあるんだ、という興味を抱いたまま、そのまま、数年を過ごした。しかも、未訪のままの状態が続いていた。
意外と、新規のお好み屋さんって、入り難かったりする。
さて、うちのパートさんに「薄塩のお京」さんがいる。
お京さんに、その話をしてみたところ、
「うちの弟が、多分、そのお店に行ってたと思いますよー」
とのことで、期待して、翌日の報告を待った。
「で、どうでした。白井でしたか?」
「はい。白井でした。三工生がよく通っていたお好み焼き屋さんだったそうです。」
との答え。「三工」とは、今では伝説の「三原工業高校」のこと。
伝説を知りたければ、御自分の責任でお願いします。私は、存じておりませんので。
しかし、お京さん、そこまでの話(お店の話で、作り方以外の話)で盛り上がってしまって、かんじんな「お好み焼きの作り方」は、きいてこなかったらしい。
仕方がないので、翌日に「作り方」は、持ち越す事となった。
翌日、お京さんから、
「白井のお好み焼きの作り方、聞いてきました!」
「で、それは?」
期待に胸を膨らませ、私は耳をダンボにしていた。
「えっとですね。まず、焼そばを作って、クレープ状に生地をひいて、その上に焼いた焼そばをおいて、生地をかけて、ひっくりかえすんだそうです。」
とのこと。
え?キャベツは?豚は?と、製法上の疑問がつのる。
通常、お好み焼きの焼そばは、そのままのせるか、すこし焼いてのせるか。それを乗せてしまったのならば、あとの具は、どうなるの?
それとも、そういった、シンプルさが売り?
そういった疑問を、聞いてみると、
「最初に『焼そばを作る』って言ったじゃないですか!」
とのこと。
どうやら、「本格的な焼そば」をつくるみたいだ。もちろん、そこに、本来のお好み焼きの材料であるキャベツと豚は入っている。
それを使って、お好み焼きのスタイルに形成する、ということなのだろう。
ある意味、究極の合理化とも、考えて良いと思う。
驚きのお好み焼きが、「白井」で作られていたんだなぁ、と、感心至極。
そんなお好み焼き、出会った事がない。
なるほど。
焼そばが具の、お好み焼きか。
これは、一度やってみる価値ありかもしれない。
バリエーションも、たくさんできそうで、発展的なお好み焼きなのかもしれない。
そして、この作り方は、きっと「白井」オリジナルだろう。
私は、勝手にこのお好み焼きを「白井焼き」と名付けることにした。
しかし、一般人には、この「白井焼き」は、だまっていては作ってもらえないらしい。
普通に「お好み焼き」とオーダーすると、普通の「お好み焼き」が出来てしまうそうだ。
ここはあえて、「焼そばが具の、お好み焼き」と言うべきだろうか?
少し悩む所だ。
おそるべし「白井焼き」・・・。
2005年12月01日
年末になると、JR三原駅周辺に、イルミネーションが灯ります。
その名称が「イルミナーレみはら」だそうで、中心部活性化の為に「TMOみはら」という組織が行っているそうです。
・・・。
今年は先週の日曜日あたりに点灯が始まって、ほとんど毎日毎晩、見てるんです。
・・・。
好きか嫌いか、で言うと、イルミネーション自体の意義は「装飾」ですから、適度な装飾は、適度に装飾されている訳で、適度に感じ入るものがあります。
神戸の「ルミナリエ」は、とても有名なイルミネーションですが、阪神大震災の復興を祈念して行われたといういきさつがあります。動機として、美しさを感じますね。
今日のニュースでは、ニューヨークのロックフェラービルディング前のクリスマスツリーの点灯のカウントダウンが行われていました。クリスマスを盛り上げる為にも、必要な行事なのでしょうね。
・・・。
三原は「たこのまち」と称していますから、イルミネーションのなかに、「タコ」がいます。目がフラッシュするんですよ。ユーモアに満ちあふれていますね。
あと、クリスマスツリーの形のイルミネーションがあって、その中に「交通安全」って書いてあるものもあります。年末ですから、交通安全に気をつけたいですね。
・・・。
電気代、誰が払うんでしょう。
・・・。
そういえば、ヨーロッパの街の、クリスマスのイルミネーションは、綺麗だったなぁ。
サンタクロースの人形が、建物の壁を、よじ登ってたりするんですよね。最初見た時は、びっくりしました。それも、何人ものサンタクロースが、よじ登ってるんです。ユーモアたっぷりですね。
・・・。
この話、どう終わったらいいんでしょう。
困惑したまま、筆を置くことに致します。
その名称が「イルミナーレみはら」だそうで、中心部活性化の為に「TMOみはら」という組織が行っているそうです。
・・・。
今年は先週の日曜日あたりに点灯が始まって、ほとんど毎日毎晩、見てるんです。
・・・。
好きか嫌いか、で言うと、イルミネーション自体の意義は「装飾」ですから、適度な装飾は、適度に装飾されている訳で、適度に感じ入るものがあります。
神戸の「ルミナリエ」は、とても有名なイルミネーションですが、阪神大震災の復興を祈念して行われたといういきさつがあります。動機として、美しさを感じますね。
今日のニュースでは、ニューヨークのロックフェラービルディング前のクリスマスツリーの点灯のカウントダウンが行われていました。クリスマスを盛り上げる為にも、必要な行事なのでしょうね。
・・・。
三原は「たこのまち」と称していますから、イルミネーションのなかに、「タコ」がいます。目がフラッシュするんですよ。ユーモアに満ちあふれていますね。
あと、クリスマスツリーの形のイルミネーションがあって、その中に「交通安全」って書いてあるものもあります。年末ですから、交通安全に気をつけたいですね。
・・・。
電気代、誰が払うんでしょう。
・・・。
そういえば、ヨーロッパの街の、クリスマスのイルミネーションは、綺麗だったなぁ。
サンタクロースの人形が、建物の壁を、よじ登ってたりするんですよね。最初見た時は、びっくりしました。それも、何人ものサンタクロースが、よじ登ってるんです。ユーモアたっぷりですね。
・・・。
この話、どう終わったらいいんでしょう。
困惑したまま、筆を置くことに致します。



