カリント、かりんとう・・・

a283ef94.jpg オギロパンには、「カリント」というパンがあります。
 平らな生地を、ねじって揚げて、それにチョコレートをかけています。
 年配の方には、愛好者がいらっしゃるようです。
 昔ながらのパンの一つです。

 さて、私はここで、その「カリント」という名称の響きに、違和感を感じるわけです。
 普通、「かりんとう(かりん糖)」でしょう。
 なのに、オギロパンでは「カリント」と呼称して、最後の「ウ」が省略されています。

 実は、同じ事例が、広島県内にあります。
 広島県府中市にある、村上製菓さんの「かりん糖」は、「かりんと」と表記します。>詳細はこちら

 接点があるのかないのかは、わかりませんが、オギロパンも、村上製菓さんも、「かりんとう」を「カリント」と表記しているところに、なにか腑に落ちないところがありますね。
 さてはて、どういう過程で、村上製菓さんは、「かりんと」を作ったのか。そして、オギロパンは「カリント」をつくったのか。これは、昭和の謎の一つとなりえる課題かもしれません。また宿題が一つ増えた気分です。

 昭和30年ごろ、揚げパン系は、尾道の土堂にあった、オギロパン尾道店(二代目の兄弟のお店です)で、つくられて、三原に軽トラで持ってきていたそうです。
 そのころ、三原のオギロパンは、館町(三原城跡の目の前)に工場(こうば)と本店を置いて、パンを製造販売していました。それらのパンたちを、三原中の販売店に届けていたようです。販売店は、荻路家の一族郎党で、ほぼ構成されていました。
 
 ネジリパンのエピソードも、その時代のものだと思います。三原高校の前にあった「宮沖店」で購入された方でした。もちろん、今は「宮沖店」は存在しません。

 さて、話は戻って「カリント」ですが。

 三原のオギロパンの「カリント」と、府中市の村上製菓さんの「かりんと」という呼称の共通は、何を意味しているのでしょうか。まったくもって調査不足(といって、最近思いついたのだけれども)のため、まだまだ、点と線がつながっていません。点すら少ない状況です。

 そもそも「かりんとう」が正確な名称と考えたとして、「カリント」に変化した、オギロパンと村上製菓さん。そこに、いったい何があったのだろうか、という点を考えると、とても興味をそそられます。


 解決できるかはわかりませんが、ちょこちょこと、情報を仕入れて、そのうち、まとめてみようかな?と、思っています。

 まずは、「かりんとう」自体の祖先を洗い出す必要があるでしょうね。

 まぁ、単純に「かりんとう」が訛っただけの気がしますけど・・・。