2005年11月14日
カリント、かりんとう・・・
オギロパンには、「カリント」というパンがあります。平らな生地を、ねじって揚げて、それにチョコレートをかけています。
年配の方には、愛好者がいらっしゃるようです。
昔ながらのパンの一つです。
さて、私はここで、その「カリント」という名称の響きに、違和感を感じるわけです。
普通、「かりんとう(かりん糖)」でしょう。
なのに、オギロパンでは「カリント」と呼称して、最後の「ウ」が省略されています。
実は、同じ事例が、広島県内にあります。
広島県府中市にある、村上製菓さんの「かりん糖」は、「かりんと」と表記します。>詳細はこちら。
接点があるのかないのかは、わかりませんが、オギロパンも、村上製菓さんも、「かりんとう」を「カリント」と表記しているところに、なにか腑に落ちないところがありますね。
さてはて、どういう過程で、村上製菓さんは、「かりんと」を作ったのか。そして、オギロパンは「カリント」をつくったのか。これは、昭和の謎の一つとなりえる課題かもしれません。また宿題が一つ増えた気分です。
昭和30年ごろ、揚げパン系は、尾道の土堂にあった、オギロパン尾道店(二代目の兄弟のお店です)で、つくられて、三原に軽トラで持ってきていたそうです。
そのころ、三原のオギロパンは、館町(三原城跡の目の前)に工場(こうば)と本店を置いて、パンを製造販売していました。それらのパンたちを、三原中の販売店に届けていたようです。販売店は、荻路家の一族郎党で、ほぼ構成されていました。
ネジリパンのエピソードも、その時代のものだと思います。三原高校の前にあった「宮沖店」で購入された方でした。もちろん、今は「宮沖店」は存在しません。
さて、話は戻って「カリント」ですが。
三原のオギロパンの「カリント」と、府中市の村上製菓さんの「かりんと」という呼称の共通は、何を意味しているのでしょうか。まったくもって調査不足(といって、最近思いついたのだけれども)のため、まだまだ、点と線がつながっていません。点すら少ない状況です。
そもそも「かりんとう」が正確な名称と考えたとして、「カリント」に変化した、オギロパンと村上製菓さん。そこに、いったい何があったのだろうか、という点を考えると、とても興味をそそられます。
解決できるかはわかりませんが、ちょこちょこと、情報を仕入れて、そのうち、まとめてみようかな?と、思っています。
まずは、「かりんとう」自体の祖先を洗い出す必要があるでしょうね。
まぁ、単純に「かりんとう」が訛っただけの気がしますけど・・・。



