12日の天満屋撤退の前に

 とても久しぶりに、駅前の天満屋さんの中に入った。
 かれこれ、6年ぶり。しかも、営業中になると、15年ぶりぐらい・・・。高校生のころに、服を買いに行ったぐらいの経験しかない。

 デパートは、「品物がよくて、価格もそれなりにする」場所だと思う。
 ある程度の経済力がなければ、縁がない。もしくは、贈答とか、特別なものを買うときとか。
 とにかく、私自身の経済レベルが、デパートに追いついていないから、天満屋さんにお世話になれなかったわけで。

 そんな天満屋さんも、あと4日で、閉店する。
 自由に使える時間は、今日しかなかったので、最後の別れに行ってきた。

 天満屋さんに入って、なにに驚いたか。それは、人の多さ・・・。閉店セールだからか、活気がある。そうか。三原でも、平日でも、これだけ求心力のあるセールを行えば、人が集まるんだなぁ。

 閉店セールなのだから、もう、今後、天満屋さんで買い物できない。
 最後なのだから、思い出を保存したい。
 最後なのだから、お値打ち商品があるかもしれない。
 いつもどおりに、天満屋さんに買い物に来た。
 人が集まっているらしいから、来てみた。

 動機として、これぐらいあれば、求心力は大きい。

 閉店前の状態の感想として思ったのは、「さすがに25年は時が経つのが速いなぁ。」ということ。店舗的に、天井は低く、照明も暗い。デパートにしては、床面積が狭いので、陳列が詰まっていて、すこし息苦しい。全体的に、圧迫感があって、長時間ぶらぶらするのが、ちょっとつらい。
 でも、これが、25年前の「普通」だった。いや、普通以上だった。
 その環境を、いままで維持していたのだから、周りの商業施設との店舗デザインの差は、大きく広がる。絶対的に良い店舗デザインはなく、常に相対的なものだから、変化に追いつけないと、「古く」なる。
 いっそのこと、このままあと25年営業してしまえば、かえって、この古さに価値が出てくるのだから、面白いものだと思う。
 ・・・12日に閉店しますが。

 ペアシティは、東館と西館の2棟の建築物がセットになっている。そのうち、東館の主軸が天満屋さんだったので、天満屋さんの撤退は、かなりの衝撃だった。
 なにはともあれ、駅前の大規模商業施設なのだから。
 しかも、そごうやダイエーの撤退と、同じように考えるものではない。

 これから10年ぐらい、三原をとりまく環境は、激変するが、その一端がこの天満屋撤退であったように感じる。
 こういうときにこそ、対処療法的対応でなく、根本療法的対応が、大切になってくる。即効性はなくとも、必ず効いてくる。
 しかし、根本療法的手法は、即効性がないため、最初は理解されにくいかもしれない。もしかすると、最初っから否定されるかもしれない。
 それでも、突き進むためには、強力なリーダーシップを取れる指導者が必要になってくる。

 と、考えると、三原で根本療法的手法は、いまのところ、ありえないのかもしれない。

 では、対処療法でしのぐことになるのかな。

 私は、根本療法的手法が、最後は生き残れると思う。街も、店も、人も。

 そうそう。
 天満屋さんの屋上に、「デパートの遊園地」みたいなものがあったのだが、もう、閉鎖されていて、屋上にすら上がることができなかった。
 だれかに頼み込んで、屋上に入れてもらおうかなぁ、とも、思ったりしたけど、思い出は思い出のまま、そっとしておいたほうが、美しいよなぁ、とも思ったので、あきらめることにした。
 あの、ローラーコースターを、もう一度、見てみたかった。
 そして、屋上から見える三原の街を、目に焼き付けておきたかった。
 
 やはり、なんだかんだ言ってみても、「あるものがなくなる」のは、寂しい事だと思う。
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