笠岡「お多津」の塩ラーメン5

 笠岡にラーメンを食べに行ってきた。ラーメンフリークなら知っている「お多津」である。ラーメンは、月に3回ほどの、不定期不確定不安定な気まぐれラーメンといった感が強いが、主張も強いような気がしていた。
 そんなこんなで、ずっと食してみたかったのだけれども、なかなか都合がつかなかった。食べたい、と、思って早2年近くが経過してしまった・・・。

 三原から笠岡は、電車で45分。本を読みながら、ぼんやりと車中をすごす。
 笠岡駅から、すこし歩くと、三洋旅館1階にある「お多津」に辿り着ける。
 ラーメン専門店でも、中華料理屋でもなく、れっきとした和食の店である。そのような風貌の店で、ラーメンなのである。

 とにかく、待望の「お多津」のラーメンを頂くことにする。
 というより、お店に入ったとたん「ラーメンですね」と店員さんに先手を打たれてしまった。確かに食べたいものは「ラーメン」です。
 仕方がないので、ビールを1本と、早く出てくる可能性の高いシャコ酢をあわててオーダーして、ビールを飲みながら、ラーメンを待つことにする。

 座ったのはカウンターだった。きっとカウンターの端に座っていた方は、常連さんなのだろう。すっかり板についた感じで、店と一体化していた。

 本日は塩ラーメンとの事。蟹がベースの鳥スープらしい。
 太い平麺。具はむかごしんじょ、煮鶏、煮玉子、短いメンマ、コリコリしたザーサイ。糸唐辛子が色合い的にも味的にもアクセント。白ゴマが散らしてある。もちろんネギも。

 スープを一口すすると、上品なのに風味に力があって、柚子がほのかに香る。なんだか、よくできたうどん汁に脂肪分が加わり、旨味が足されているような感じ。蟹っぽい香りはなくて、蟹の旨みにあたる部分はある。蟹は存在するのに、存在しない。

 麺が太いのでこれは苦手かもと思ったけど(どうやら私は細麺を愛しているようだ・・・)、よくできた細い讃岐うどんのようで、すごく良い。プリプリして、スープともよくからみ、麺自体もとても旨いし、スープとの相性も良い。
 讃岐うどんのよう、と書いたけど、しっかり中華そばの麺の体裁を保った、太い平麺。手作り風のような風貌の麺だった。

 煮鶏はかみごたえがあり、味わいのある肉感。味に濃さがあり、とても旨い。
 これが笠岡ラーメンの特徴の一つと言われる「煮鶏」なのだろうか。
 柔らかい煮鶏より、こういった味わい深い煮鶏のほうが、とても好みである。

 もちろん、あまりにも旨いので、スープも残さず頂いた。
 2杯目、3杯目がいけそうな位の食後感。しかし、1杯でも精神的な満足感はかなり高い。肉体的(胃袋的)に、2杯目を求める感じ。

 食べ終わった後、不思議な感覚が残った。

 丼の中で、一つの世界が完結している。それも、小さく収まった世界ではなく、底知れぬ深さを感じる世界が、一杯の丼の中に・・・。
 しかも、ラーメンと言う枠組みを大きく逸脱しているような気がするのに(うどんっぽいのに、うどんじゃないし)、食べた後、ラーメンだったと納得するしかない
 ラーメン・・・?ラーメン・・・(納得したような気になる)。
 と言うより、ラーメンって何?別世界の食べ物で、限りなくラーメンに近いもの・・・。そんな感じ。


 なんなんだろう。とても不思議な感覚である。
 食べ物として力があり魅力的であり上品なのに下品さも兼ね備え、ラーメンじゃないようで、しっかりラーメンである。

 本当に、表現に困る。旨いことは間違いないのだけれども、この組み合わせで出会ったことがない旨さ。こういう食べ物に巡り逢えると、良い意味で困惑する。

 なるほど。オリジナルという言葉の意味は、本当はこういうことなんだ。

 ・・・そして、考え込んでしまう。
 そして、なんと表現したらよいのか、困ってしまう。
 食べて理解する。しかし、食べなきゃ理解不能。味わいという意思伝達手段。
 そういった感じの食べ物だった。
 これは、本当に感覚的なもので、頭で味わうのでなく、体全体で味わう、というより感じるものなのかもしれない。

 帰りの電車の車中、記憶のメモのため携帯電話で考え込みながら書いたけど、帰宅してからも、やっぱり考え込みっぱなし。

 食べ物の世界は、本当に奥が深い・・・。
 たべつけているラーメンも旨いけど、こういったラーメンも旨い。優劣をつける事ではなくて、旨いものは旨いのだ。

 こういった経験を、何度かしたことがある。わけがわからないまま、とにかく旨いと感じる。時間がたってから、その旨さとは何かが、少しづつ理解できるようになってくる。

 それをパンの経験で言うならば、小学生のときに食べた自分とこの焼きたてのコッペパンであり、高校の頃生まれて一番最初に食べた焼き立てのフランスパンであり、バックハウスイリエのクリームパン、パネトーネ、シュトーレン、無糖食パンであり、ドミニクドゥーセの店のクロワッサンであり、青い麦のセーグル・ノア・レザンであり、パリのプージョランのカンパーニュであり、アモンダンで作ったパンであり、ツォップさんのプンパニッケルであり、ル・サンクさんのアップルパイであり、披露宴のときに食べた入江社長のバゲットであり、最初に三良坂小麦でリュスティックを作ったときでもあり・・・。と、思い出してみると、案外あるものである。
 ビックリする旨いものに出会えることは、とても幸せなことだと思う。というより、そういうビックリがないと、楽しくない。
 
 なんだかんだ書いてみても、やっぱり文章にすると野暮になってしまうような。他人に伝わるわけがない。言葉で伝わる感覚ならば、食べなくても良いのだ。食べなきゃわからない感覚というものは、確実に存在するのだ。

 今日のこの日記は、自分自身にしか意味や役割をなさない文章になるのだと思う。