三原の街のこと

2008年05月15日

今日はなぜだか久井〜大和〜本郷と、旧3町を制覇することになってしまった。

そんな時間を過ごしたので、いくつかのブログのネタを拾ったのだが、まず最初書くのは、かねてからの宿題であった「白竜湖のよがんす白竜(道の駅)
(大きな地図で見る)の真正面にある「たこ焼き屋」である。年下の友人から「旨い」とうわさに聞いていた。関西出身の主人が焼く「たこ焼き」であるいう。とりあえず、行ってみた。

takoyakiyaぱっと見て、店舗はとにかくコンパクトである。「必要最小限」とはこのことなのだろう。食べるスペースは用意されているが、極めて簡素なテラスである。今日のようにうららかな天気の良い日でないと、幸せな気持ちは味わえないかもしれない。しかも、屋号はなんと言うのだろう?外観からはうかがい知れない。看板には「大阪たこやき」としか書いていないような・・・。たこの絵のところに「NEEDS」と書いてあるので、それが屋号なんだろうか?謎である。謎が満載である。

ともかく、6個入り300円のたこ焼きをいただく事にした。
15個なら、650円ということで、1個当たり13%ほどお安くなるようだ。ほかにも、「辛口ソース」「しょうゆ」「しお」など。あと、たこやきだけでなく、大阪風お好み焼きも売っていた。

熱々のたこ焼きを、そのテラスで頂いたのだが、これはなかなかに旨い。やはり、焼きたてのたこやきとは、旨いものである。尾道の「すぎや」さんと比較すると酷なので(すぎやさんは、こだわりの店である・・・)、平均的に考えると、見かけによらず実力派のたこ焼き屋さんだと思う。かりっとした表面にとろりとした生地。ころりと入ったタコ。オタフクソースとマヨネーズと鰹節のトリニティ。まったくもって、普通の「たこやき」である。(笑)

車で来ていなければ、ビールのお供にしたい。というより、ビールが飲みたくなった。だいたい、朝ごはん代わりに「たこやき」なんだから(食べたのは朝食抜きの11時である)、そんな時間からビールとは、結構なご身分でないと無理である。
とはいえ、私のの休日には、ビールはつきものではあるのだが・・・。

ちなみに、大和町には「オタフクソース」の工場がある。ついでに言うと、「オタフクソース」の創業者一家とは、なんだか遠い親戚になるらしい(だからどうした?)。


朝ごはんとして、たこ焼きをほふほふと頂いたあと、さて次の目的地へ・・・と車を走らせようとする矢先、目に飛び込んできたモノがあった。

tamagojihanki「産みたてたまご 直売所」?
どうみても、自動販売機である。近寄ってみると、やはり自動販売機である。
販売機の中には、確かに卵がネットに入って置いてあった。お値段300円。
「産みたて」とは、なんだか妙に食欲をそそるではないか。これで「卵かけご飯」なんてした日には・・・。旨いだろうなぁ・・・。なんて妄想するうちに、100円玉3つが自動販売機に投入されていた。・・・買っちゃったよー。
 光っているボタンを押すと、その扉のキーが外れ、中の卵たちを取り出すことが出来る。

 こうして、旨い「卵かけご飯」が食べたいがためだけに「産みたて」に引きずられてしまったのであった。

 ちなみに、その卵の自動販売機は、我が母の実家の近く(大和町蔵宗:くらむね)の深川養鶏場というところが展開しているときがついたのは、しばらく後のことだった。

 おそるべし、大和町。奥が深い。

 帰宅し、その卵で「卵かけご飯」を食べた。私の食べ方は、卵を小鉢に割り入れ、よくかき混ぜる(カラザは取り除く)。それに醤油を加えて、下準備終了。
 ご飯に、その卵液を満遍なくかけて、そのまま頂く。このとき、かきぜない。米粒に卵液が表面にへばりついているぐらいがちょうどよい。
 今回食べた「生みたて卵」での「卵かけご飯」は、卵の濃厚さを十二分に感じることの出来る、満足のゆく「卵かけご飯」だった。卵の風味もよい。味も濃厚。
 ふと、卵で「カスタードクリーム」を炊いて、クリームパンを作ったらうまいかも?と思ったのだが、いまはそんな余裕はないので、次の機会に取っておきたい。


 大和町シリーズは、あと1点あるので、続きはまた今度に。
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2008年05月07日

数年前、とある人からこんな事を聞いた。

「三原は、小早川隆景をもっと大切にせにゃいけん。隆景公は偉大な人だったんじゃ」

そのときは、「そりゃ、そうだわ。」と軽く思っていたのだが、調べてゆけばゆくほど、小早川隆景の偉大さがわかってきた。こりゃ、すごい人だ。そんな人が、三原の街の土台を作っただなんて、素晴らしいことだ、と。

そんなわけで、小早川隆景のことを少し書いてみようと思う。

三原の人間なら誰でも知っている「小早川隆景」であるが、三原城に居た期間はどのくらいだと思うだろう?

三原城が築城されたのは1567年と言われているが、隆景が新高山城(本郷町)から三原城に本拠を移したのは1582年である。

隆景はその5年後(1587年)、豊臣秀吉の九州征伐後に同行した後、九州の筑前・筑後・肥前の一部を与えられ、筑前名島城(ちなみに、九州の筑前名島城も三原城と同じく海城である)に本拠を置き、入封した。

朝鮮出兵にも参加し、武勇を馳せたらしい。

そして、1595年に家督を小早川秀秋(養子:秀吉の甥)に譲り、再び三原城にて隠居生活を送る。そんな隆景は1597年に亡くなる。

つまり、隆景は、1582年から1587年までと、1595年から1597年までの時期しか、三原城を本拠にしていなかったということである。思ったよりも短いものである。

足しても7年間。たった7年間である。
その間に、三原城築城を喜んで踊ったという「やっさ踊り」の話があり、神明さんにまつわる話もある。なんと三原にとって関係の濃い人物だったのだろうか。たった7年で現在の三原に伝わる2つの祭りに重要に関わっているとは。

ちなみに、三原が城下町として整備されたのは広島藩に福島氏が入封したころからという。その後、福島氏は広島城の無断改築のため、浅野氏が広島藩に入ることとなり、三原城はその広島藩の家老の城として3万石を与えられた。

三原の銘菓「三万石煎餅」は、そこに由来している。「名城焼き」は、三原城に由来している。

しかしまぁ、隆景という人は、なんとドラマティックな人生を送ったのだろう。
毛利家の三男として生まれ、竹原小早川家に養子となり、沼田小早川家を統合し、三原城を築城し、九州征伐し参加し約53万石の大名となり、秀秋に家督を譲り隠居し、三原城で没するとは。

「利家とまつ」という大河ドラマがあったが、我らが「小早川隆景公」だって、負けてはいない。側室をおかず、嫁さん一人を愛したそうだ(だから、秀秋・・・)。

ともかく、小早川隆景公については、もっと調べると面白そうなので、継続して掘り下げてみようと思う。

私のもうひとつの夢であった「歴史家になりたい」という夢は、郷土史によって叶えられるかもしれない。
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2008年05月01日

昨年、某団体の関係で一つの講習会を受けた。
タイトルは「ぼくは13歳 職業 兵士」。

特に興味がある話ではなかったので、あまり期待せずに講演を聞いていた。しかし、講演を聞くうちに、どんどん話しにのめり込んでいった。
本当にびっくりしたし、日本の平和の大切さを思う存分感じたし、アフリカのウガンダという国(といっても、根っこはウガンダ1国の問題ではなく、とても深いところに原因がある)の現状を深刻に受け止めた。

さて、なぜ急にそんなことを書くのかというと、その講師の講演会が再び三原で行われるからである。

三原市教育委員会の生涯学習課がリージョンプラザで毎年行っている「生涯学習 市民講座」の1コマに、その講演会が入っている。料金も、たったの1000円である。1000円以上の価値は十分にある内容の講演で、人によっては自分の人生すら考え直してしまう(別に、洗脳されてしまう・・・という感じではなくて、深刻に生き方というものを考え直す、という意味で)だろう。

詳しくは、「広報みはら」6ページに詳細が書いてあるので、そちらをご覧になるとして、私としてはお勧めの講演会であるのは、間違いない。

ちなみに、講師の方は鬼丸昌也さん。
正直に言うと、4コマある「生涯学習 市民講座」の中で、一番地味な講座(ほかの講師が有名人だったり、地元の人だったりするので・・・)なのだが、私にとっては、ほかの3コマに負けないし、もしかすると4コマ中1番「発見」の多い「市民講座」になると感じている。

家田荘子さんの講演会も、気になるけど・・・。

もしかすると、鬼丸さんと家田さんで、ワンセットなのかな?国外・国内ということで。

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2007年12月02日

 三原芸術文化センターのイルミネーションも良いが、そういえば、以前このブログで書いた「異常にサンタクロースのたくさんいるイルミネーションの家」が、ふと気になったので、行ってみた。

 昨今、原油高で、電気代も高くなっている。やはり今年は縮小傾向なんだろうか、なんて思っていたのだが・・・。

 その家に、車で近づいて行くと、例年との変化にすぐにがつく。去年より、輝かしい。ついに垣根に点滅式イルミネーションがついているではないか!拡大されている!!

あのいえ1あのいえ2

さすがである。
玄関先から縁側のイルミネーションも。
あのいえ3 本当に、気合が入っているなぁ。年々、設備投資も行い、規模が拡大している。この調子だと、あと5年もすれば、煌煌と光り輝く「クリスマス御殿」になってしまうことだろう。

 いろいろ考えることはあるのだが、ここまでされてしまうと、頭を垂れるしかない。その情熱が素晴らしい。

 ・・・しかし、電気代、12月分はいくらになるんだろう・・・。いや、こんなことを考えるなんて、無粋である。行動を起すことに意義があるのだ。

 さしあたり、帰宅時の楽しみがひとつ増えたことは、間違いない。
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2007年11月30日

 この秋に完成した、三原文化会館に換わる市民ホールである、三原芸術文化センター(通称:ポポロ)が、ライトアップされていた。ポポロライトアップ さすが60億円かけて建築された、新たな三原を代表するホールである。きっとライトアップにも、きちんとデザイナーが関わっているのだろう。洗練されている。
 画像には写っていないが、建物の正面左側には、イルミネーションのついた樹木が整然と並んでいて、見ごたえがある。

http://www.mihara-popolo.com/topics02.html

 このホールは、まだ入ったことがないのだが、評判は良いようである。
 約1200人の入るホールや、リハーサル室、楽屋など、必要なものはそろっている。音響もきちんと計算されており、オーケストラが演奏しても、よく響くらしい。
 
 せっかく良いハコができたのだから、ここを文化拠点とし、三原の芸術文化が発展すれば、素晴らしい事だと思う。

 私の趣味は、クラシック音楽の鑑賞および演奏なのだが、こういうホールが三原に欲しかった・・・と、言いたいところだが、反対に「これ、持て余すことにならへんやろか」と心配している。三原の音楽文化事情から考えて、かなりオーバースペックなものを作ってしまったのではないだろうか?

 具体的に考えてみると、座席の一部を取り外し、オーケストラピットを用意できるようになっている。これは、どう考えても「オペラ」や「ミュージカル」のための舞台装置であるが、商業ベースで成り立つかという点から考えると、不可能に近い。
 プロの歌劇団(一流ではなく、一応プロ、としておく)を招聘し、どこからも援助なく、チケット代だけで公演を成り立たせることを前提に計算してみると、チケット代が1万円を超える。
 もし、海外の歌劇場の引越し公演をするのであれば、今度は、舞台の大きさが若干足りない。いや、舞台の広さではなく、舞台の横に必要なスペースが小さい。つまり、グランドオペラなどの引越し公演はできない。
 仮にオペレッタや一幕物の軽いものであれば、可能であるが、そういったものを、三原市民が望んでいるのだろうか?

 となると、オペラで商業ベースでの利用は、厳しくなってくる。オケピットがあるのに?

 では、オーケストラでは?
 舞台の広さは十分あるし、音響もよい。ここでも1200人と言う中途半端な客席が、チケットの価格を上げる。
 多少高いチケットでも、いろんな演奏家が来るたびに満席になるほど、三原のクラシック愛好家がいるか?
 たしかに、三原に来てくれれば、その分広島や福山や、ましてや東京や大阪などに出向かなくて良いわけなので、多少チケットは高くても良いと思えるクラシック愛好家が、どれだけいるのだろうか?

 と、ここまで厳しいことを書いてみたが、言いたいことは1行で済んでしまう。

「ハコを建てたら、それで終わりと思うのは、大間違い」

 つまり、ハコを建てるならば、長期的な戦略を持ち、そのハコを有効活用する戦術を取り、いかに三原の文化水準を上げることができるか、ということを前提にして、ハコを用意しなければならない、ということである。
 だから、そういう戦略を持たず、ただ建てただけでは、たんなる立派なハコで、中身は空っぽの状態になる。天満屋の紙袋の中にうまい棒が1本、という状態である。それでは、アンバランスなのである。

 せっかく60億もかけて、文化会館を建て直し(たしかに、文化会館は音楽をするには大変状態の悪いホールであったのは、間違いないが・・・)、新たなホールを作ったのだから、その中身をどうするか、もっと市民レベルで考えてみればよいのではないだろうか、と思ったりする。

 文化とは、与えられるものではなく、生み出されるものなのである。
 私は、この三原の力、新たなる「文化」が生み出されることを、祈るばかりである。

 ・・・じゃ、おまえが何かしろよ、って言う話になりそうな・・・。
 
 まぁ、10年後ぐらいには、何かしてるかもなぁ・・・。
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2007年11月16日

 今朝、仕事中に1本の電話がかかってきた。
 
「あの、ブログみているんですけど、やまもと珈琲店さんって、最近営業されていないですよね。どうなってるんですか?」

 というお話だった。

 実は私も気になっていた。しかも、しばらく豆を買っていない。忙しくどたばたしていたので、のんびり美味しいコーヒーを飲む余裕さえなかった。
 臥龍橋のたもとのお店の看板が外されていたことまでは、知っていたから・・・。
 もしや、まさか?不安がよぎった。

 というわけで、店主さんに電話してみた。
 すんなり繋がり、いつもながらの平然とした口調で、

「いまは、自宅でのんびり焙煎して、販売しているんですよ〜」

 というお答え。
 いいですよ。そのほうが。確かに。

 いま、このブログ見てますか?朝電話をかけてこられたIさん!
 やまもと珈琲店さんは、ちゃんと別の場所で(しかも、三原で!)営業されていますよ!

 ちなみに、電話番号は変わってらっしゃらないので、電話にて注文されると配達していただけるそうです。個人店ですから、繋がらない場合もあるかもしれませんが、留守電に入れとけば、たぶん折り返し電話がかかってくると思います(経験上、そうなる、という予想ですけど)。


「やまもと珈琲店」 電話番号 (0848)81-0345


 ちなみに。

 店主さんと交渉して、オギロパンジャスコ店で(もしかすると、本店でも?)、「やまもと珈琲店」さんのコーヒー豆を販売する方向で検討しております。
 私は、「やまもと珈琲店」さんのような、真面目なお店がきちんと三原に存続して欲しい。ただ、それだけのために、商売抜きでもコーヒー豆を売ります。売れなかったら、自腹で買います。そのぐらい、惚れてます。
 ・・・じゃ、忙しくても、買って飲めよ、と、突っ込まれそうですけど・・・。

 具体的に決定いたしましたら、また、ブログにアップしようと思いますので、乞うご期待です。


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2007年10月10日

(ここからは、過去の自分の日記(お気軽日記)からの転載です)

三原に「かわらい」といううどん屋さんがある。手打ちで、コシのある、旨いうどんを食べさせるお店だ。

さて、話は約20年前に遡る。そのお店は、通学路の途中にあった(現在は、別の場所に移転している)。その看板には、「ごっつ笑顔のおっさん|のイラストと、「かわらい」という屋号が書いてあった。

私は、その「ごっつ笑顔のおっさん|と「屋号」を見て、「ああ、カッっと笑ってるんだ。カッ笑い、なんだ。そうなんだ。」と、ひとり合点していた。

ところが、つい最近のある日、こんなことがあった。

テレビを見ていると、「とろろ蕎麦」を食べている光景がブラウン管に写っていた。それを見た私は、ちょっと前に「とろろうどん」をどこかで食べた事を、ふと思い出してた。でも、「食べたお店」がどこだか思い出せない。たしか、妻も一緒に食べていたように記憶していたので、妻に店名を聞いてみた。

私「そういえば、とろろうどん、どっかで食ったよなぁ。」
妻「うーん。あ、かわらいさんで、食べたよ。」
私「あ、そうそう。そうだった。カッ笑いさんで食べたよな。」
妻「そうそう。かわらいさん。かわらいさんがやってるんだよね。」
私「うん。カッ笑いさん(あたりまえやん、と、ちょっと不思議に思う。)」
妻「?」
私「前からおもっとったんやけど、カッ笑い、って、面白い名前やなぁ」
妻「どうして?」
私「だって、カッ、笑い、やん。」
妻「そういえば、いつも、かわらいさんの名前を言う時、か と わらい の間を開けるよね。」
私「だって、カッ 笑い やもん。」
妻「あれって、瓦井さんがやってるんだよね」
私「へっ?」
妻「だから、瓦井さん。かわらいさん。」
私「・・・(しばし、沈黙。何がなんだか解らないけど、なんかピンと来る)」
私「もしかして、瓦井さん?」
妻「そう。瓦井さん。食べてる時、いってたでしょ?」
私「覚えてへん・・・。じゃ、カッ笑いさんじゃないんやなぁ。」
妻「だって、瓦井さんでしょ。」

恐ろしいものである。
私は、自分の勘違いに、至極反省することとなった。20年間、私はずっと「カッ笑い」と思い込んで、それが正しいと勝手に信じていたのだから。

あまりの衝撃に、その日一日、ずっと「かわらい、さん、ね。かわらいさん。かわらいさん」と、口の中でつぶやいた。そして、あまりのアホらしさに、情けなくなったのであった。

(転載終わり)


 の、「かわらい」さんで、お昼を頂いた。
 なんとおにぎり1個無料券を妻が持っていたので、おにぎり1個は無料なのである(あたりまえ)。
 私は、日替わり定食を頂いた。今日は「キス天丼とかけうどん」だった。プラス無料のおにぎり1個である。

 妻はカレーうどん。そして、無料のおにぎり1個(無料券が2枚あったのだ)。
 ここのカレーうどんは、ナッシュカレーを使い、フランスパン(たかちゃんパンのもの・・・ふむぅ)が数枚ついてくる。辛さは5段階、1がやさしい辛さで5が最上級らしいが、さしあたり5を頼んだお客さんは見たことがない。ひぃひぃ言いながら、食べていただきたいものである。

 さて、我がオーダー。きす天丼。キス天2匹とかぼちゃ天が乗っていた。かけつゆは適度、適切。美味しくいただいた。ほろほろとするキス天って、なんだか良いなぁ。
 かけうどんは、うどんの真髄を見たような気がした。つゆを一口すする。「・・・薄い?」と、一瞬思ったのだが、最後にちょうど良い塩加減だったことに気がつく。うどんはもちろん旨い。

 3人前で500円で生うどんを販売していたが、つゆが上手に作れないと、もったいないことになるんだろうなぁ、なんて思った。ただし、鍋に入れるうどんとしては、最上級のものであるので、これからのシーズンは是非この生うどんで鍋を〆てみたいものである。

 入って左の壁にかかっている「昭和60年、ご主人修行時代の写真」にご注目。
 いけてる・・・。
 
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 西町に「かど菓子店」というお店がある(ここです)。
 売りは和菓子とカステラと若干の洋菓子。とてもコンパクトな店である。

 今日は時間があったので、西町辺りをぶらぶらしてみた。
 目的は「かど菓子店」のチーズケーキ。
 うちの店のスタッフから、「なんだか懐かしくって、美味しいですよ」とのことだったので、気になっている店だった。

 だいたい、三原には、こじんまりとしている洋菓子店はもっとたくさんあったはずなのだ。
 高校のときの彼女とよく買っていたケーキ屋さんは、今では「天狗寿司」というすし屋になっている(ちなみに、旨いすし屋らしい)。
 本町の小松家具の近くにも、お菓子屋さんがあったように記憶している。
 きっと、それらの店は、後継者がなく、自然消滅して言ったのだろう。
 後継者がなく自然消滅といえば、貝野町にあった、当ブログでも絶賛した「龍昇軒」さんも、閉店してしまった。とても旨い、こころに染み入るラーメンだったのになぁ・・・。

 となると、「かど菓子店」も、いつかは?という疑問も生じるが、さしあたり現存しているので、今日買いに行ってみた。

かど菓子店外観
かど菓子店外観 いかにも、昔ながらの菓子屋さん。中に入ってみると、人すらいない。よく見てみると呼び鈴があり「御用のある方は、ベルを押してください」と。なんて平和なんだろう。
 本当はカステラも欲しかったのだけれども、「まだ焼き立てで熱いんよねー」と拒否されてしまったので、あきらめて、チーズケーキとレモンケーキとマドレーヌを買って帰った。


帰りに、西野川に架かる橋を眺めた。
よく見てみると、きちんと名前があるんだなぁ(ちなみに、隣の鉄橋には名前はない)。「かじしんばし」と書いてある。「梶新橋」ということで。じゃあ、前にも橋が架かっていたのかなぁ?
西町にかかる橋橋の表札


帰宅して、早速「かど菓子店」のお菓子を賞味することにした。

マドレーヌとレモンケーキとチーズケーキ
マドレーヌレモンケーキ(開封前)
チーズケーキ

 まず、レモンケーキを頂いた。
レモンケーキ(開封後) ほこほこのスポンジケーキに、レモン風味の上掛けがかけてある。このほこほこのスポンジケーキ部分が、なんともいえない懐かしさと言うか、素朴な旨さと言うか、思わずにんまりしてしまうと言うか、旨いのである。レモン風味の上掛けと一緒にほおばると、なんとも幸せ。なんだろう、この感覚。

・・・で、チーズケーキとマドレーヌは?

妻に食べられてしまいました。
無念・・・。
 
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2007年09月22日

(この記事は、8月に途中まで書いていたものを、やっと書き上げたものです。)

 皆実のパチンコ屋の横に、「麺屋 秀」というラーメン屋さんがあった。近所だったので、時々食べに行っていたのだが、圧倒的に旨い「チャーシュー丼」と、とてもやさしい豊かな味わいのスープを持つ「ら〜麺」が、とてもお気に入りだった。

 そんな「麺屋 秀」を、ここまで過去形で書いたのは、そのお店が近所ではなくなったってしまったからである。

ら〜めん道場秀
秀(外観) ふたまわりぐらい大きな規模で、リニューアルオープンしたのが数ヶ月前。沼田川をわたって、明神のパルディの近くに移転し、名前も「麺屋 秀」から「ら〜麺酒場 秀」になった。夜に行った事はないのだが、夜はお酒が飲めるラーメン屋になるみたいだ。(場所はここ。以前、とんかつ屋さんがあった店舗をを居抜きした感じである。) 移転して、初めて食べたとき、ラーメンが一新していることに驚いた。スープも麺も変化していて、バランスがとても良くなっていた。やさしい旨さはそのままで、1杯としての完成度がぐんと上がったような気がした。もちろんそのときはチャーシュー丼も食べたのだが、これは相変わらずの旨さで、舌を巻くばかり。


 ら〜麺酒場秀のメニュー表は、以前と変わらず手書きであるが、内容が若干変わっている。

(ら〜麺)
 鶏ガラ醤油ら〜麺 580円
 醤油とんこつら〜麺 580円
 和風鶏がら醤油ら〜麺 600円
 炙りチャーシュー麺 980円
 特製 秀ら〜麺 1200円 (煮玉子100円プラス)

(セットメニュー)
 唐揚げセット(ら〜麺、ごはん、からあげ) 850円
 半チャンセット (ら〜麺、半チャン) 860円
 角煮、シューマイセット (ら〜麺、角煮、シューマイ、ごはん)980円
 チャーシュー丼セット (チャーシュー丼、ら〜麺) 1000円

(サイドオーダー)
 チャーハン 600円
 餃子 380円
 チャーシュー丼 580円
 煮玉子(1個) 100えん
 白ごはん(おかわり自由) 220円

(ドリンク)
 生ビール(エビス) 500円
 アサヒビンビール  500円
 チューハイ(レモン、ライム) 400円
 黒ウーロン茶 300円
 ウーロン茶 200円

☆以上は、2007年8月9日の時点のメニューです

 そういえば、冷やし但々麺、と端のほうに書いてあった気がする・・・。夏限定かな?
 
 
から揚げ定食
秀(から揚げ定食) さて、いつもいつも「チャーシュー丼セット」ばかり頂いていたので、今回は「から揚げセット」を頂くことにした。ラーメンとから揚げとごはんのセットで、ごはんはおかわり自由とのこと。ついてくるラーメンは「醤油とんこつら〜麺」。あと、お漬物。
 

醤油とんこつら〜麺
秀(豚骨醤油ラーメン) どうも、ラーメンの写真を綺麗に撮るのは難しい。なぜなら、「早く食べたい!!!」と気持ちが焦ってしまうから。今回は撮影許可を頂き、撮影させていただいた。めったにこんなことはしないのだけど、今回はやはり、このラーメンを押したいがため、自分でも勇気を振り絞り、ご主人にお願いしてみたところ、あっさり「いいっすよー」と。いいんすか。(笑)

 醤油とんこつら〜麺は、トンコツスープをベースに、魚介の旨みが加わり、やわらか風味のかえし(醤油)がとても印象的。麺は中細の若干ちぢれ麺。具はばら肉のほろほろしたチャーシューが1枚と、茹でモヤシ、メンマ、葱。

 今回思ったことは、ラーメン屋にしては(?)白ごはんが美味しいこと。
 唐揚げも、生姜が効いていて、外はパリッと中はジューシー。鶏肉自体の旨さが光る。
 残念なことに、私は小食のため、ラーメンを堪能して、ライスと一緒に頂き、唐揚げを堪能して、二杯目のライスを頂き・・・なんて事はできなかったが、おかわり自由なので、ごはんは腹いっぱい食べることができる!素晴らしい。

 なにより、ラーメンが旨い。以前と比べ、麺とスープのバランスが抜群に良くなり(以前も旨いラーメンだったけど)、今のところ、私の中では三原の新しいラーメン屋さんではナンバーワンかもしれない。
 そして、食べに行く度に旨さに工夫を感じる。ご主人の努力にとても頭が下がる思いである。

 次回は、必ず「チャーシュー丼セット」を食べたい。
 やはり、ここのチャーシューは抜群に旨いし、チャーシュー丼は、とても好みの味がする。前の店のときより値段が若干上がったけど、その値段に匹敵する満足感が得られることは、私自身が良く知っている。

 ・・・と、こんなこと書いているから、チャーシュー丼、食べたくなってきてしまった・・・。(笑)
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2007年08月12日

やっさ祭り二日目だった。ちなみに、明日の三日目は花火大会である。このまま行けば、まず晴天に恵まれ、大空に大輪が花咲くことであろう。

さて、今日はひとつしんみりとする瞬間があった。
それは、一人の老人のやっさ踊りだった。

飛び込み参加であろうと思われる、ひとりのお年寄りの踊っていたやっさ踊りが、私の目に妙に焼き付いてしまった。その踊りは、とても身体の力が抜けていて、自由自在に曲に身体を合わせ(いや、あたかも身体に曲を合わせてしまったかのようにも思わせる)、楽しそうなあのやっさ踊りを。まるで、そこに「踊りの神」が舞い降りたかのような。

私自身がやっさ踊り大賞を進呈できるのなら、あの名も知らぬ一人のお年寄りにさしあげたい。


踊りとは、踊り手が楽しんでいることが、最重要事項。
だが、踊り手が楽しんでいるだけでもダメだし、観る者が心踊り、一緒に踊りたくなるようなやっさ踊りは、案外少数である。

どのチームにもはいっていなかった、心からやっさ踊りを楽しんでいる、一人の老人のやっさ踊りを踊っていた姿は、本当に心に染みた。あれは、やっさ踊りの本当の本来の姿なのだろう。そう、確信するような踊りだった。

もちろん、チームで出場している人のなかにも、すばらしい踊りをする方がいらっしゃることは事実である。
私は、あえて「飛び込み」で参加されたというところに、すばらしさを感じているのだ。

集団の練習をつんだマスゲームのようなやっさ踊りも見応えがあって結構だが、やっさ踊りとは、見せ物なのだろうか?

踊るものも観るものも、心から楽しいやっさ踊りとは、案外単純なものではない気がする。もっと、基礎的な部分で、深い「身体が勝手に動くようななにか」がある気がする。それは、踊りが「なにげない」喜びを示す一つのことばであるかのように、身体全体で、喜びを表現することではないだろうか。

そして、その「喜び」とは、あくまで物質的な目的や、人からの評価という目的の為ではなく、自らの精神的な喜びを達成するための、高い技術能力をもってして成り立つ、ひとつの目的ではなかろうか。

そんな三原に長らく伝わるやっさ踊りを受け継いでいく心意気を、少しでも持ちたいと思う。

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2007年08月08日

やっさ祭期間中の3日間、ジャスコさんは駐車場を開放するそうです。ありがたい話です。

取り急ぎ、お知らせまで。

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2007年07月30日

c33b30d9.jpgやっさ踊り唄のCDが発売された。
このCDは、三原やっさ踊り振興協議会の演奏と唄で、きちんとしたホールを使いデジタル録音されたものである。
鑑賞するもよし、踊るもよし、歌うもよし(カラオケも収録されている)、資料的価値も高い。

ジャスコで見かけて発作的に買ってしまった。

はじめて知ったのは、やっさのシンボルでもある「三つどもえ」の紋が、小早川隆景の家紋であること。よく考えると当たり前なことだけど、改めてやっさ踊りと三原城と小早川隆景公の密接な関係を感じた。

やっさ節は民謡としても聴き応えのある曲なので、そのうち三原でやっさ節を中心にしたの全国的な民謡コンテストをするのも、よいかもしれない。
そういうアピールの方法も民謡界ではある
のだから。

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2007年04月26日

 いちおう、記録のために。
 特に話を広げようなんてことは無いのですが。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200704260314.html

http://www.jma.go.jp/jp/quake/26091000391.html

 たまたま今日は仕事が休みだったため、ベッドの中で地震を迎えました。
 ぐらぐらぐら。・・・
 お。地震だなぁ。
 ぐらぐらぐらぐらぐら!!
 うわっ、芸予地震と同じタイミングだよ、と思ったら、同じような震源地だった。
 震度は、ひとつ弱い。数字ひとつだけだけど(5と4)、えらい違うものだ。

 すぐに店に電話をして、様子を伺ってみた。
 一人しかいない状態だったので、店の子もすがりつくような不安な状態だったらしい。その時点でわかる限りの情報を伝えた。そして、お店の状況を聞いてみると、特に被害は無い様子だった。安心した。

 昼に妻の誕生日祝いのために、福山のレストランに向かう途中、山陽線上り電車が、とろとろと走っていた。地震の影響だよなぁ、とおもっていると、その先では、長い編成の貨物列車がとろとろと走っていた。
 踏み切りの向こうには、いつまでたっても開かない遮断機に、不満を覚えている人たちが見えた。

 地震、雷、火事、うちの妻。

 気をつけても、なるようにしかならないが、例によって一言。

「備えあれば、憂いなし」である。
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2007年04月25日

フロンティア ジャスコの近くに、新しくお好み焼き屋さんができた(4月15日開店)(場所はここ)。

 店舗自体は2ヶ月ほど前にはできていたような気がする。それに、いつまでもオープンせず、看板すらあがっていない状態が続いていた。
 外観から、「これは、プロの仕事だなぁ」と思わせる設備があって(換気と空調)、いったいどんな店ができるかなぁ、と、おもっていたら、「フロンティア」だった。

 三原で「フロンティア」といえば、案外老舗のお好み焼き店である。
 食べたこと無いけど・・・。

 記憶に間違いが無ければ、文映近くにあり、ニチイに移転し、現在に至る・・・ということなのだろうか。いまいち、正確さに欠ける。

 食べに行きたいなぁ。
 近いようで遠い、昼ごはんである・・・。
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2007年04月04日

恵下谷の桜 三原から八幡町へ行くには「恵下谷」を通らなければならない。その道を、公式には「県道25号 三原東城線」と呼称するらしい。
 昨今、天変地異のため、土砂崩れなどに見舞われやすい「恵下谷」の道である。
 昔はかなり道が細かったため、バスの転落事故などあったらしく、道の途中に慰霊碑が建っている。

 余談はこれくらいにして。

 その「県道25号 三原東城線」の、三原市八坂町あたりの急勾配急カーブのあたりに、旧「三原観光ホテル」現「みちる山荘」へ通じる別れ道がある。
 その分岐点に、見事な桜が2本ある(このあたり)。

 三原から八幡町に行くと、通り過ぎてしまう感じであるが、逆だとなかなか見ごたえがある。誰が植えたのかは知らないが、立派な桜の木である。

 もうそろそろよい頃合ではないかと思い、立ち寄ってみたところ、見事な桜の花が咲いていた。とても美しい。

 ついでに「みちる山荘」方面へと足を伸ばしてみたが、途中に桜の木が数本あり、これまた見事である。

 ちなみに、分かれ道あたりから見る三原の市街地は、なかなか見ごたえがある。
 山間部方面から三原に帰る折、恵下谷を通った場合は、ついつい見てしまう。
 実際は、運転手としては、それどころではない状況ではあるのだが・・・。

 
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2007年04月02日

67b8f7a8.jpg 先月末から、コーヒー豆を切らしている。なぜなら、「やまもと珈琲店」が開いていないからだ!(涙)

 以前から、ご主人さんが、
「山の中に、焙煎小屋建てようかなぁ」
「喫茶は40人ぐらい入るところじゃないとだめだよなぁ」

 とか、逃避思考的発言が多かったので、このたびの移転となったのだろ(勝手な推測)。

 今度のお店は、国道2号線沿いで、「臥龍橋(がりゅうばし)」の袂の角地にある店舗(このあたり)。喫茶は行わず、豆の販売を中心にされるらしい。

 さしあたり、今週は「レ・ユニオンコーヒー」に豆を買いに行ってしのいだが(モカ・マタリがお値打ち価格だった・・・・)、やはり私の朝の生活には「やまもと珈琲店のどみにかブレンド」が欠かせないのである。

 再開を切にのぞむ。
 1週間、待ちます・・・。
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2007年02月17日

山水苑 本郷のイオン本郷ショッピングセンター内に、「山水苑」という焼肉屋さんが昨年出来た。

 場所はこちら

 なぜか、わが両親がひいきにしており、このたび私の誕生日の祝いにと、食事に誘われたので行ってみた。

 まず、「牛レバーの刺身」を注文してみる。

 よほど新鮮でないと臭みがでるし、これが美味しいならば、肉には信頼が置けるかもしれない。
 さっそく手元に「レバさし」が供されたので、しげしげ眺めてみると、いい色をしているし、エッジも立っている。とてもおいしそう。
 タレにつけずに食べてみると、これが甘い。旨い。臭みが少ない(レバー特有の香りはある)。ふと気がつくまで、タレにつけずに食べてしまっていた。
 
 これは素晴らしい、と、次々にホルモン系を注文してみると、美味しいホルモンが続々出てくる。
 残念ながら、ツラミとコリコリ(血管)など、欠品もあったのだが、ほとんど外すことなくホルモンが旨かった。

 脂身の多い肉は、ちょっとしか食べられないので、「中落ちカルビ」とかは、ちょっときつかったけど、脂の風味が良かった。

 私はユッケが好みなのだが、このお店のユッケは旨い。赤身の肉に、甘みを感じる。黄身を混ぜるとまたうまい。よく梨やリンゴの千切りとか添えているけど、それらは添えていなかった。でも、必要ないように思われた。果物は、肉の甘みの補助のために添えられているものなのかなぁ。

 キムチも旨いかった。きちんと旨みのあるキムチだった。
 脂っこくなった口の中を、適度な酸味が洗い流してくれる。
 それに一口ご飯を加えることにより、口の中の風味が一掃され、また肉が旨く感じる。

 うちの甥が「ラーメン」をたのんでいたのだが、食べきれず残してしまった。それをちょっと頂戴したけど、スープが丁寧にとってあり(牛テールのスープみたいな気がした。焼肉屋のスープに醤油をたらしてあるような、そんなスープだった)、チャーシューが2枚。ぷりぷり感のある麺が、よく似合う。
 チャーシューがあっさりしているのは、バランスを合わせたからなのだろうか?もうすこしコクのある感じのチャーシューでも良かったような気がするが、焼肉屋のラーメンとしてはとても満足感が高いものだった。

 欲を出して言うならば、コチュジャンがもうすこし良いものだったらなぁ、とおもったけど、これはおまけのようなものなので、特に不満にも思わなかった。

 とにかく、満足度は高かった。やはり、きちんと肉を自分で仕入れている焼肉屋さんは旨い。

 そしてなにより、自分のお金で食べない焼肉は、とても旨い。(笑)
 両親に感謝するしかない。

 そして、この「山水苑」のレビューは、まったく人のあてにならないものであることは、間違いない。
 肉を食べたいときに食べたんだから、必要以上に旨いに決まっている。(笑)

 ランチもあるので、こっそり自腹で行ってみたいなぁ。
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2007年02月03日

ラングドシャ ラングドシャは、素朴なクッキーです。
 サクサクとした食べ口が特徴です。バターの風味が特に大切です。

 このクッキーの名称「ラングドシャ」はフランス語で、「猫の舌」という意味です。フランス語らしい、こ洒落た命名だと思います。


このたび焼いたラングドシャは、非売品でございます。

本日は節分ですから、とある呪文を良い子が唱えると、不思議なことにこのラングドシャを食べることができる、と、言われております。

 来年もあるのかなぁ。来年も焼くのかなぁ。

 今年は学校が休みだったので、早くから「おにのまめは、おわりました」の張り紙がしてあったそうです。

 当店は・・・12人の子供たちが来たようです。
 勇気ある子供たちに、拍手。
 ちなみに、去年はゼロでした。さすが休日。
 来年も休日なので、せめて12人の子供たちには、差し上げたいですね。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200702040022.html
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2006年12月08日

 中国新聞のネット版に、こんな記事が。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200612080054.html

 ペアシティ東館から、天満屋さんが撤退したのがこの3月。
 どうやら、市が動いたようで、ペアシティ東館が取り壊され、ライフコート社の計画する建造物が建つような流れになっている。

 いろいろ思うことはあるのだけれども・・・。
 それよりも、あのペアシティ東館が取り壊されてしまうと言うことに、感慨深いものがある。感慨深いと言うよりも、虚しいのである。

 あれだけの建造物が、30年も経たない内にお役ごめんになってしまい、地表から消滅するだなんて、あまりにも不経済で、非合理的なのではないのか。
 建築当初は、夢と希望に満ち溢れていたあの建物が・・・。

 いつも言われることではあるのだが、建築当初に自走式の駐車場を確保できなかったことや、駅からの直接アプローチできる歩道が用意できなかったことは、一体どのような経緯でそうなってしまったのかを思い出す必要があるのではないだろうか。
 しかし、もし仮に、そういった施設が整備されていたとして、それらは延命効果はあったであろうが、現実問題として、集客面での改善にはならなかったであろう。

 三原市は、基本的に誘致型の行政の伝統を持っているようである。
 教育分野では、広大(当時は女子師範学校)を誘致し、広島県立大学(旧広島福祉大学)を誘致し、工業分野では、三菱や帝人やトスコ(東洋繊維)を誘致し、小原工業団地に誘致し・・・。

 誘致に力を入れることには反対しないけれども(なにより、即効性が高い)、本来ならば即効性のある事と遅効性のある事を、同時に行っていく必要があるのではないか。

 もしも、ペアシティ東館に建設されるであろう、ライフコート社の商業施設に、何らかの経済的な期待を抱くならば、それは甘い幻想と言わざるを得ない。
 そうでなく、別の意図をもって、それを行っているとすれば、三原市の行っているペアシティ東館対策は、思慮深い判断だと思う。

 ともかく、私自身は、今後の推移を見守ることしか出来ない立場であるが、少なくともライフコート社には、当初の概念を保持していただき、三原市民にとって、長い目で見て親しまれる存在になるような商業施設を構築していただければ、とても嬉しいと思う。続きを読む
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2006年11月28日

 三原唯一の自動車学校である「トスコ三原自動車学校」が、来年(平成19年)の4月末日で廃止になるらしい。
 土地の売却先などは、具体的に決定していない様子。

http://www.tosco-net.co.jp/tosco/soumu/keiei/h181122jidou.pdf

 また、一つ、「思い出」が消えていくのですか。
 春休みや冬休みの、市内の教習車を見なくなるのですか。

 そうなんですか・・・。
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2006年11月09日

第3回 三原浮城まつり 公式サイト

http://www.mhr-cci.org/ukishiromaturi/

 動機はなんであれ、三原城の別名「浮城」をテーマに祭りを行うことは、それなりの効果がある。

 私としては、本来は「やっさ祭」と「浮城まつり」の内容を、融合させるべきだと思っている。やっさ踊りの由来は、三原城の築城にあり、浮城とやっさ踊りは、密接な関係であるからだ。

 どういう過程で「浮城まつり」をすることになったか。その祭りが、三原に何をもたらすのか。
 そういった戦略的なことを、もうすこし内容をつめた方がよいのではないかと、個人的には思う。

 秋祭りがないから、「浮城まつり」で代用するというのは、若干もったいないし、観光事業として、中心部活性化事業としてのイベントであるだけなのだったら、別に「三原タコ祭」でも「三原もみじ祭(仏通寺のもみじが、きれい)」でも、なんでもいいはずなのに・・・。

 よりによって、「浮城」とは・・・・?
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 イエス玉川氏の独演会に行ってきた。

 この催し物は、どうやら我が両親が深く関わっているらしい。
 母は、イエス玉川氏と同郷(大和町)で、同級生。
 父は、根っからの快楽主義者で、人を楽しませることが大好き。だから、こういった演芸も大好き。
 この両者が組み合わさって、三原で「イエス玉川独演会」が催された、ということになるのかもしれない。

 正直に言うと、私はどうして両親がそんなことに熱心なのかよくわからなかった。
 しかし、独演会を見た後、しみじみと納得することができた。

 イエス玉川氏は、芸術家である。
 日本の演芸の一つである「浪曲」を、現代に伝える芸術家である。
 浪曲とは、「浪花節」とも言い、辞書を引用すると、

語り物の一種。江戸末期、説経節・祭文などの影響を受けて大坂で成立。初めはちょんがれ節・うかれ節などともよばれた。三味線の伴奏で独演し、題材は軍談・講釈・物語など、義理人情をテーマとしたものが多い。浪曲。

 ということである。
 義理人情をテーマとしているので、グッと来るお話を、独特の節回しで語る。
 その声は、しゃがれたような声である。この発声方法は、モンゴルのホーミーとよく似ている。だから、遠くまで声が届く。
 
 今回の独演会では、浪曲がメインというよりも、漫談がメインだった。
 イエス玉川氏は、地元出身(大和町)であるので、地元の地名がばんばん出てくる。集まった観客も、地元の人間なので、身近な話題で、よく受けていた。

 玉川の十八番は「天保水滸伝」という任侠ものであるが、今回の演目である浪曲は、ちがうもの。
 子供の出来ない夫婦が、親を亡くした子を引き取り、その子が町中の子とけんかをする。父は、迷惑をかけた子を怒ろうとするが、その子がけんかをした理由が「父親の職業」をなじられたから、というもので、父の名誉を守るために子が戦ったという話。

 生まれてはじめて浪曲を聞いたけど、いいなぁ。
 まず、イエス玉川氏の声が良い。独特の間合いが、心地よい。
 そして、浪曲の内容が、とても人情味あふれていて、笑いあり涙あり。

 漫談もおもしろかったが、浪曲には感動を覚えた。話の内容も感動したし、浪曲自体の芸に感動した。
 浪曲って、こんなに心を打つものなんだろうか。

 とにかく、大変貴重な体験をしたのは、まちがいない。

 来年の「第3回イエス玉川独演会」をするのであれば、ぜひ、見に行きたいと思う。それほど、おもしろかったのだ。
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2006年11月03日

 宮浦の旧ベスト電器の場所に、居ぬきでレンタルビデオ屋さんが出来上がりつつある。昨日看板がかけられ、巷のうさわ通り「ゲオ」というお店だということがわかった。

 ゲオの公式サイト
http://www.geogp.com/

 便利な場所に、こういった施設はありがたい事だけど・・・。

 私はこの5年くらい、こういったレンタルビデオとかを利用したことがない。
 見る時間がない。ちなみに、テレビ放送を録画した映画たちも常に20本ほど貯めこんでしまっている。
 だから、このお店も、私が利用するかどうかは、かなり微妙なところである。(汗)

 とはいえ、需要はあるだろう。
 営業時間は10時から24時までらしいので、便利かもしれない。
 もしかして、広島県立大学の学生さんたちに喜ばれるのかも?

 正式なオープンはまだ未定とのことだけど、とりあえずあの場所が空いているよりは、ずいぶんと良いことだと思う。

 
Comments(5) |  TrackBack(0)  (21:23)

 和田沖の三菱三原の前に、1軒のラーメン屋さんがある。その名は「龍昇軒」。もう、風景の一部となっているような、存在感。溶け込んでいる。国道185号線を通る度に、目に入っていたのだが、入る機会もなく、そのまま通り過ぎていた。
 
 子供の頃からあるような気がしていたが、本当にかれこれ30年ぐらい前から営んでいらっしゃるらしい。

 1年ほど前、勇気を振り絞り入店してみたところ、すっと入る素朴な味わいに惹かれてしまった。
 
 暖簾には「はせべ」の名前が入っている。

 店に入ると、横長の店内にカウンターとカウンターの分離延長部分みたいなテーブルで、よくある昭和のラーメン屋さんという感じ。御夫婦でやっている様子。

 カウンター席に座って、ラーメンを1つ注文して、のんびりと眺めてみた。

 店内は、時代が止まっているような感じ。作動しているのか定かではないが、ホットドリンク用のウォーマーや、古びたドリンク用の冷蔵庫。
 そして、三原のラーメン店の定番でもある、おでん!

 「来来軒」とか、「幸来軒」とか、「松竹軒」とか、そういう雰囲気。そういう味のラーメンが出てくるような予感がする。

 ラーメンが出てくる。

 昔風のラーメンで、赤身のチャーシューが2枚。メンマ。ネギ。
 麺は細めんではなくて、中太。「自由軒」より、すこし細い平麺。もちろん、暖簾から「はせべ製」とわかる。
 スープを啜ると、素直に美味しい。なにかが突出していることもなく、何かが足りない事もなく。鶏がらベースがしっかりとしている上に醤油が乗っかり、その脇を魚介の旨みでサポートしている感じである。塩加減もちょうど良い。
 このスープに中太平麺がとてもよく合う。すこし柔らかいような気がしないでもないけど、食べていくうちに気にならなくなっていく。
 チャーシューは、わしわしとした感触が心地よい。臭みもなく、旨い。
 ネギの香りがぷうんとラーメンに刺激を与えて、味を引き締めている。

 きちんとスープも全部飲み干して、ごちそうさま。

 1杯450円である。
 いまどき、この値段である。三原で2番目に安くて旨いラーメン(って、バーミヤンとかそういうのは、除く)。

 おじさんとおばさんのお二人でやってらっしゃるようなので(しかも30年も)、この味もお二人の人生なのかなぁ、なんて思ったりする。
 おじさん、赤身のチャーシューを乗せたり、背脂を乗せなかったりするのは、脂っぽいのが嫌いなのかな、とか。
 おばさん、陽気で気の良い感じが、無口な感じのおじさんと良い組み合わせだなぁ、とか。

 いいなぁ、こういうお店。好きだなぁ。

 いまどきのラーメン屋のラーメンも旨いけど、こういった情緒あるお店の魅力というのも、捨てがたい。

 ときどき、思い出したようにふらりと立ち寄りたくなる、そんなお店である。
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2006年10月20日

 仕事帰りに関西風お好み焼き屋というか、たこ焼き屋というか、そういった系統のお店(看板には、粉もん屋と書いてある)が開店しているのが、目に入った。
 「なにわ伝」というお店らしい。関西風お好み焼きの店で、たこ焼きやいか焼き、鉄板焼きもある、といった感じの店。

 手元にチラシがあるのだが、「森久保ブランド」と「くいしんぼ本店」という文字があるので、そういった系列なのかなぁ、と思ったのだけれども、確認は取れていない。外観から行くと、そういうことなのだろう。
 
 場所は、ニチエー宮浦店の正面で、スーパーモリモトの隣
 今日オープンだったらしく、夕方に人だかりが出来ていた。のぼりもバンバンと上がっていて、看板も派手で、結構目立つ。
 
 さて、その「なにわ伝」というお店。
 この3日間、たこ焼き5個が100円(一人2パックまで)と、開店セールをやっている様子。ほかにも、お得らしい。

 平常モードになったとき、たこ焼きはいくらになるのだろうか。旨いのだろうか。興味津々。
 結構遅くまで営業しているらしい(22時30分まで)ので、食べる機会は十分にあるので、さしあたっては、「お楽しみ」に取っておきたいなぁ。いまのところ、食べるチャンスをうかがっているような感じである。

 今日は、旧三原スーパー皆実店の場所に関西薬品がオープンしたし、にぎやかでよい。
 ここ数日続いていた、悪いニュースよりずいぶんと良い。
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2006年10月04日

 たとえば。

「スーパーで今日は卵が安かったんよ」

 と言う話を小耳に挟んだ場合、私の中の暗黙の了解で、そのスーパーとは「三原スーパー」である。
 パルディとも言うが、いつまでたっても、パルディという呼称は、私の中では馴染めず、頭の中で勝手に「パルディ→スーパー」と変換され、「スーパー」で統一されているようだ。

 だから。

「え、どこのスーパーで買ったん?」

 という質問をされたら、間違えても「ニチエー」とか、「ジャスコ」とかの、スーパーマーケットの店名を聞いているわけではなく、店舗の存在する場所のことを聞かれたのだ、と、認識する。
 
 今日は、仕事帰りにテングソースを買いにその三原スーパー「西町店」に立ち寄った。あ。パルディだったか・・・。

 ジャスコにはテングソースはない(・・・しつこく書いてみる)ので、テングソースを売っていて、遅くまで開いている店は、「西町店」しか心当たりがないのである。少なくとも、ニチエーにはない。フジグランにはあるかもしれないが、国道二号線を渡ることになるので、ちょっとしんどい(・・・不精である)。

 ちなみに、西町店は、旧「旭菊水」の場所にあり、昔の西町店でなくて、新しい西町店。新幹線の高架沿いの道に沿ってある。
 出来た当初は、規模の小ささを感じたのだが、それはジャスコやフジの巨大さに慣れていただけで、スーパーマーケットとしての買いやすさと品揃えのバランスは、なかなか好みである。
 なにしろ、テングソースがある。でも、マルサンのお酢はない。
 不思議だ・・・。ジャスコにテングソースがない(・・・やっぱりしつこく書いてみる)より、不思議だ・・・。

 そういえば、その「旭菊水」も、芸予地震の被害が甚大で・・・(涙)。三原の酒蔵が「酔心」だけになってしまい、なんとなく寂しい。
 よくよく「甘口の旭菊水、辛口の酔心」という話を耳にするけど、酔心のお酒も、どちらかというと甘口ではないか・・・。いや、両者を比較しての話だから、三原の酒ではということで、良いのかもしれない。
 今は、そんな比較すら出来ないのは、とても残念な話である。

 そういえば、「ユアーズ」も、私の頭の中では「サンユアーズ」と変換されてしまう。ちなみに「サンユアーズ」の店内でかかっていた歌まで覚えている。
 きっと、「ダイキ」もあとしばらく「ディック」と言ってしまうのだろう。そして、これまた「ディック」の歌まで覚えている。
 そしてが「デオデオ」は、「ダイイチ」。「JA」は「農協」である。
 パチンコには行かないけど、時々「あの、マンモスのとこ」と言いそうになる。確か、初代アメリカ大統領である。

 だから、「オギロパン」という名前は、なにがなんでも「オギロパン」でありつづけると思う。なにせ、私自身が、名前の変化に対応できない・・・。こじゃれた名前にでもしたときには、他人のフリすらしてしまいそうである。

 絶対になにがあっても、名前は変えんぞ。
 なにより、私自身のために・・・。

 そして、とりあえず、ジャスコにテングソースを置いて欲しい・・・。
 中間醸造さんが量を作れないことを、重々承知で、星に願ってみる。
 ゴールドもみじじゃあるまいし。
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2006年10月02日

 マリンロードに、「蜂の巣食堂」というお店があった。
 あった・・・。そう、今はない。数年前に閉店された。

 私はたぶん1度ぐらいしか食べたことがない。
 それも、かなり幼い頃だったと思う。
 記憶に間違いなければ、古式ゆかしい「中華そば」だったと思う。
 醤油ラーメンで、細縮れ麺の。
 幼い頃「中華そばは蜂の巣じゃ」と聞いたものである。
 あの「蜂の巣」をモチーフにした看板だけは、よく覚えている。

 三原のラーメンといえば、「来々軒」「自由軒」が老舗なのかな。
 でも、実は「蜂の巣食堂」の中華そばこそ、三原の中華そばなのかもしれない。

 想像するに。
 皆実にある「味八」のラーメンがいちばん味が近いのかな・・・。
 よくわからない。

 そして、某所の情報によれば、経営者の方がご高齢のため引退され閉店したそうである。
 それに、味を覚えている人は、たくさんいることだろう。
 製法と味に関して、調べてみれば、もしかすると再現可能な中華そばなのかもしれない。

 技術というものは、一度途絶えると、それを復活させるはかなり大変な作業だと思う。
 
 もしかすると、「蜂の巣食堂」の味の復活と伝承は、とても大切な食文化の継承になるのではないか、とすらさえ思う。

 今なら間に合う、と。

 とかいってみても、私はラーメン職人でもないし、蜂の巣食堂の方とは面識もないし、ラーメン作りに詳しいわけでもないので、個人で動くには、情報収集が精一杯で(それすらおぼつかない)、再現まではたどり着けない。
 
 蜂の巣食堂に思い入れのある、ラーメン店の方が、その味を復活させるのが最短距離だと思うのだけど・・・。
Comments(3) |  TrackBack(0)  (21:20)

2006年09月26日

 どうも最近、焼肉屋さん情報が活性化してしまって、私自身、いったいなんでこうなってしまったのかよくわからなかったりする。三原焼肉情報サイトというわけではないけど、そういう時期なのかもしれない。

 焼肉屋ついでに。
 先日、マリンロードを通りかかったら、ソウル屋が宮浦に移転するという張り紙を見つけた。どうやら、元「よーろー」の場所らしい。
 また宿題が1店、増えてしまった。水曜日のビール300円は、継続されるのだろうか。されるのならば、歩いていける距離なので、とてもありがたい。

 その他、三原の街の変化について。
 気がついたことや、聞いたことや、なんやかんや。
 たまっているので、散文的にいきます。

 三原スーパー皆実町店→JJCLUB→閉店、と経過し、現在、同地は工事中。
 どうやら、関西薬品が移転する様子である。それに伴い、現在のみなみ市場となりの店舗がごっそり移動。10月中旬のオープンと聞いている。

 三原港の対岸、帝人の敷地だった場所に、巨大な円錐状のものが置いてある。どうやら病院が建つらしいのだけど、あの円錐状のものは、いったい何なんだろう?今後が楽しみ(病院が、でなくて、円錐状のものがどうなるか)。

 2号線のマクドとなりの某ガソリンスタンド跡地は、再びガソリンスタンドとして建築中。セルフのガソリンスタンドになる模様。

 デオデオ正面のベスト電器が、今月一杯で閉店するらしい。<未確認
 デオデオが新装した折、ベスト電器三原宮浦店が開店したが、そちらは残るのではないか、と、思われる。
 とにかく、あの場所の今後がどうなるのか・・・。また、マンションか?

 やまもと珈琲店さんで、昼にカレーライスをはじめたらしい。20食限定。
 おきにいりの「どみにかブレンド」は、一時、ドミニカ産の豆がハリケーンカトリーナのせいで入手困難になったらしく、販売中止になっていたけど、無事再開された。おかげさまで、朝のコーヒーに困らなくなって、とても嬉しい。
 コーヒー・ジプシーをしていたときに、「モカ・マタリ」がすごく旨いことに気がついた。ここぞというときに飲みたい豆。旨かったなぁ。

 どういうわけか、最近2号線の渋滞が激しいように思う。朝から夕方まで、渋滞しているときがある。山陽道での事故が多いからか?信号のタイミングか?
 おかげで、ジャスコのとなりの県道も渋滞しがち。JR山陽線の高架脇道路も、夕方の渋滞がつらい。特に、雨天時はひどい。
 いくらこの何十年も渋滞が三原名物とはいえ、そんな名物はさっさと返上してしまって欲しいのは、三原市民なら誰もが思うこと。
 来年3月の三原バイパスの時貞インターまでの開通が、どこまで効果があるかは、あけてみないとわからない。全通までは、まだ数年かかる・・・。

 皆実のJA三原ビルに、年末に「野菜市場」ができるらしい。
 新鮮野菜が手に入る可能性大。かなり期待している。
 

 さて、ここ数日で一番びっくりしたことは、古浜にある「おもちゃのお国」甲山屋さんが、24日で店じまいをしてしまったこと。
 先日来、甲山屋さんの上に建つ「月」のことをネタにしようと思っていた矢先の寂しい出来事だった。
 おもちゃといえば甲山屋だったのに。
 現在の市場を考えてみれば・・・と、冷静に分析しようと思ってみても、ノスタルジーのほうが先立ってしまって、感情的に寂しいばかりだった。
 
 今年は、「とりごえ食品」も食べられなくなってしまうし、天満屋は撤退するし、甲山屋は閉まってしまうし、寂しい出来事が起こる度に、うーん、と、うなってしまう。

 ドッグイヤーと呼ばれるいまどきだけど、人間が生きていく速さというものは、人類が始まってからあまり変わっていないと思う。なのに、考える速さに追いつかないぐらい、世の中が変化し続けている。追いつこうと思ったら、人間の能力を超えてがんばるしかない。
 でも、時代に追いつくことが、本当に生きることに必要なのかは、私にはよくわからない。

 なにはともあれ、人の世の流れは速くなっても、秋はきちんと暦どおりやってきている。
 朝晩が気持ちよいので、秋は大好きだ。
 パンもとても作りやすいし。
 さんまでも食べて、機嫌なおして、まぁ、ぼちぼちやっていきたいなぁ、と思う。
 
 天高く馬肥ゆる秋。
 わが腹も肥ゆるのが、やはり幸せである。
 秋の旨いものを食べたいものだ。それで多少太っても、かまわない。

 明日は、岡山県の笠岡に、ラーメン食べに行ってくる予定。ほぼ2年越しの夢が、やっとかなうので、今日はすこしテンション高い。
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2006年09月13日

 やっと時間が出来たので、かねてからの宿題であった、焼肉屋「ぐりぐり家」に食べに行った。

 店内は、照明を落とし暗く落ち着いた感じで、七輪炭火で肉を焼くそうである。

 今回はホルモンを食べたくてしかたがなかった。
 なにせ、毎朝通勤のときに、ぐりぐり家の「ホルモン焼き」ののぼりが、目に入って仕方がない。今日という日が近づいてくる程に、私の頭の中では「ホルモン焼き」の焼き方のシミュレーションが勝手に行われていた。
 七輪にホルモンをのせ、じゅーっと焼きしめる。そしてレモンやコチュジャンなんてつけて、口に放り込む。じゅわっと脂がひろがり、噛み締めると筋肉的な肉の旨みが顔を出す。・・・なんて、妄想するたび、なにがなんでも焼肉食べたい、と思うわけである。

 結局、ホルモンは、セットメニューの「ホルモン」と、あとから「ギアラ」を食べたのみだった。ほかのお肉も魅力的だから・・・。
 新鮮である(・・・らしい)。そして、ジューシーで歯ごたえも、こりこりと、ここちよい。ビールと合う。ごはんと合う。旨い。

 ただし、私は脂一杯のお肉は、ちょっと苦手であるので、一番印象に残ったのはツラミだったかもしれない。牛のほほの肉で、薄切りで提供されていた。噛み締める旨さというものなのかなぁ。

 こういったお店にしては、全体的に肉が旨い。バリエーションも豊富。そして、安い(一人当たり3000円強で、おなか一杯になった)。
 そういえば、キムチも旨かったなぁ・・・。
 たれは醤油だれと味噌だれ。あとレモンが小皿に1つあり、チシャはサービス。いくら包んでなくなっても、次から次へとチシャが出てくる。

 そして、なにより、職場から近いっ!
 そんなわけで、今後の利用回数が増えるかもしれない。

 三原の焼肉チェーン店といえば、「大福」「牛角」「ぐりぐり家」と御三家になってしまった。どのお店も、良いところがあるし、特徴があるので、どこが1番とか言う話はやぼだよなぁ、と、思う。
 大勢なら「大福」が気安いし、雰囲気なら「牛角」がいいし、旨さなら「ぐりぐり家」なのだろうか。値段は、そう変わらないような気がする。

 こんなことを考えているうちに、こっそり次に行く店を決めてしまう。
 つぎは、三原の焼肉界のチョモランマである「南山」である。
 きっと旨い焼肉を堪能できること、まちがいなし・・・だろう。

 あと、自宅近くの「味々亭」も、とても気になっている

 とかいってみても、私は1度焼肉食べると、かなり気分が満たされてしまうので、次回の焼肉は遠い将来といったところなのだろう。
 きっと、次回もホルモンを食べるのだろう。
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2006年09月04日

 三原にはトライアスロンの選手がいる。
 その選手は、三原生まれの三原育ち。そして、現在三原在住。

 それが、「三原の鉄人、テツロー選手」である。
 詳しくは、ご本人のサイトをご参照のことを。

http://www.fukumoto-t.com/

 なんと今回、スイスのローザンヌで行われた「世界選手権」に日本代表として参加したのみならず、5位という好成績を収めた。入賞である。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200609040179.html

 これも、テツロー選手の日々の努力の賜物であり、それが世界に通用したことは、テツロー選手を知るものとして、かなり嬉しいことである。

 帰国された折には、自身のサイトにて、きちんと報告されることであろうと思われる。

 今年のテツロー選手は、朝日放送の「探偵ナイトスクープ」にも出演され、好成績を収められた。
 おかげさまで、オギロパンもご相伴に預かった(何秒か)。

 オギロパンは、いや、ちがうな・・・。
 我が母、三代目姐御は、テツロー選手のスポンサーなのだ。

 会社が法人として応援し続けてきたわけではなく、我が母が、個人として法人名義で応援し続けてきた。
 しかも、金銭的にではなく、食料的に栄養的に、である。
 そのあたりが、オギロパンらしいところだ。
 ちなみに、三代目親分は如水館高校と縁があるらしく、野球部にパンを差し入れにいったことが何度かあるらしい。
 両親ともども、スポーツに理解があるというか、なんというか。

 ともかく「オギロパン」のスポンサー表示の所以はそういったところである。
 あのスポンサー表示は、我が母の名前の代理であり、たまたま会社名であることを、ここに明記しておきたい。

 我が母は、テツロー選手が世羅高校出身であることと陸上競技をやっていることに対し、いたく共感を覚え、応援し続けてきたのである。ちなみに、我が母も、世羅高校出身である。

 ともかく、いくら応援しても、成果が上がってなんぼというのが、ああいった世界の厳しさであるのだが、そこできちんと成果を挙げたテツロー選手はすばらしい。
 拍手喝采を送って、しかるべきである。
 
 なぜ如水館高校は甲子園に出場した折に三原各所で応援の垂れ幕を目にしたのに、世界選手権へ日本代表として出場したテツロー選手には、垂れ幕は出なかったのだろうか。
 しかも、テツロー選手は、今年の「トライアスロンさぎしま大会」にて、優勝しているというのに・・・

 そしてなんと、私は同学年なのだが・・・。

 私は世界に通用するか・・・と自問自答したところ、10位以内どころか、予選落ちといったところだろうか・・・。とほほ。
 でも、私は選手生命が長いはずなので、20年後には世界6位以内を目指してがんばりたい。

 ・・・まじ?
 のんきに巨大プッチンプリンに喜んでいるときではない・・・。
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自己紹介
四代目
老舗パン屋の四代目として、三原に生まれ育ち、跡を継ぐ(実際には、まだ継いでいないけど)。
役職上は、ヒラの取締役(戸締役or取乱役)店長。
三原がふるさと。大阪がボケと突っ込みのふるさと。フランスが心のふるさと。
日本と広島と故郷の三原と我が妻と娘をこよなく愛する35歳。

========

オギロパン ジャスコ店
郵便番号 723-0014
広島県三原市城町2-13-1
TEL&FAX 0848-62-8800
営業時間 午前9時〜午後8時
定休日 年中無休(お店は)
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